第55話 望まない結末
大理石の床には血がまみれている。
仮想の血。霊体がこぼした偽物の液体。
そう頭で分かっていても、痛いものは痛い。
首から上を、雑巾のように絞られたような感覚。
数分も経たないうちに、きっと身体は消えてしまう。
苦痛を味わい続けた上で、霊体として死を迎えてしまう。
ただ、そんな物理的な痛みよりも、もっと痛いものがあった。
(罰が当たっちゃったかな……)
義憤に駆られた少年が、戦っていること。
大事な人が殺されたと思って、復讐に走ったこと。
過去に自分がたどった愚かな道。嬉しいけど、悲しい末路。
霊体リーチェは相反する気持ちに胸を痛めながら、光景を見ていた。
「どうして――――っ!! やっと――――――元に――――だぞっ!!!」
ジェノは怒り狂った様子で拳を振るう。
パメラとガルムに、体一つで戦いを挑んでいる。
声は断片的にしか聞こえない。でも、内容は理解できる。
(こんな結末を望んだわけじゃなかったのに……)
最後まで見届けることはできない。
勝負が決する前に、体は消えてしまう。
ただ、それでも一つだけ分かることがある。
きっとこの戦いは、死人が出るまで終わらない。
復讐とはそういうもの。一度火がつけば、消えない。
よっぽどのことがない限り、止まってくれることはない。
(あぁ……こんなことなら……)
頭に浮かぶのは、元も子もないこと。
後ろ暗くて、ネガティブで、どす黒い感情。
今までの人生を否定してしまうような内容だった。
(ううん、違う。そうだけど、そうじゃない)
薄れゆく意識の中で、霊体リーチェは思い改める。
目を向けるべきは逆の事象。心の底から思えたこと。
呪いでもあり加護にもなる、彼の命を守るための手段。
「あえ、て……よかった……」
霊体リーチェは、言葉を口にする。
偽りない思いを乗せた、願望の終着点。
そのかすれ声を聞き届けた者は誰もいない。
ただ、両目に宿す黄金色の瞳は、怪しく輝いた。
思いは反転し、運命は否定され、因果を書き換える。
(ばいばい……。それと、ごめんね……)
視界が歪む。景色が歪む。時空が歪む。
そうして、世界は八度目の改変が行われた。




