第54話 それぞれの道
第一商業区。かつて、大門があった場所の近く。
奥には暗い森。第二森林区が丸見えになっている。
そこに、ヒールを鳴らし、颯爽と現れる女性がいた。
「道中の安全は確保されました。参りましょう、リーチェ様」
エミリアは、呆然と立ち尽くす少女に手を伸ばす。
仕事を完璧にこなし、清々しい気持ちで客人と接する。
客室乗務員の端くれとして、一皮むけた。そんな気がした。
「……殺したの?」
しかし、リーチェから向けられるのは鋭い殺意。
褒められることはあっても、責められることはない。
そう予想していただけに、がっかりする気持ちが大きい。
(平常心です。平常心。気が動転なさってるだけ)
私情を出すようでは、プロ失格。
目的地まで安全にお客様を案内する。
今は、それだけを考えていればよかった。
「暴漢は『撃退』致しました。殺してはおりません」
エミリアは安全を優先し、さらっと嘘をつく。
右腕を蹴り飛ばし、あの拳に打ち勝ったのは確か。
ただ、生死をこの目で直接確認したわけではなかった。
死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない状態。
断言するのは、証拠不十分。とはいえ、確認しに行くのは危険。
だからこそ、こう言う他なかった。案内できるなら恨まれてもいい。
「はぁ……今は信じてあげる。その代わり、彼が死んでたら、あなたを殺すから」
リーチェは差し出した手を握り、冷たく告げる。
あの少年、ジェノとリーチェの関係性は分からない。
分かるのは、修羅場を二回かいくぐったという事実のみ。
(生きて、帰れるのでしょうか……)
先行きが不安ながらも、エミリアは職務を全うするため、歩みを進めた。
◇◇◇
第二森林区。北端に位置する場所。
土を踏みしめ、歩みを進めるのは男二人。
「どういう風の吹き回しだ……? あの少年を殺すんじゃなかったのか……?」
ふと尋ねたのは、ベクターだった。
元はと言えば、少年を殺すのを止める。
そのために戦って、その途中で色々あった。
謎の霊体の乱入。二人一組で臨んだ、組手遊び。
それも落ち着いて、元の敵対関係に戻るはずだった。
「気が変わった。口を封じるには、俺っちの荷が重すぎるんでな」
言葉を受けたルーカスは、毅然とした態度で答える。
表情は引き締まり、嘘で誤魔化しているようには見えない。
(死線を越えて、変わったか……)
共に歩みを進めながら、ルーカスの変化を察する。
付き合い自体は長くない。ただ、一度は拳を交えた仲。
そこからの差異は感じ取れる。戦う前なら、出ない回答だ。
(いや、変わったのは俺も同じか……)
相手を分析するも、自分にも当てはまることに気付く。
タイマンこそが至高。共闘なんてあり得ないと思っていた。
ただ、今となっては、手を組んでみるのも悪い気はしなかった。
「だったら、ここから先、何のために戦うつもりだ……?」
その上で、ベクターは質問を重ねる。
今までは手を組めても、これからは別の話。
目的が異なるなら、これ以上同行する必要はない。
相手の回答次第では、道を違える必要も出てくるだろう。
(ここらが潮時、だろうな……)
今となっては、敵対する展開は考えにくい。
かといって、この先を同行する理由も乏しい。
関係の自然消滅。それが一番妥当な結果だろう。
「あぁ、そんなの決まってる」
ピタリと足を止め、ルーカスは振り返る。
その挙動から考えて、動機は容易に想像ついた。
(元々あいつはエリーゼ陣営……。敵対するのが道理か……)
ベクターは考えを整理し、静かに拳を構える。
属する陣営が違う。それだけで、戦う理由は十分。
そんな単純なことに、今さらながら気付いてしまった。
共闘のせいで、毒気が抜かれてしまったのかもしれないな。
「あんたを王にする。そっちの方が、楽しめそうだ」
しかし、ルーカスは予想外の回答を口にする。
理由は『楽しめそう』。という浮ついた情報だけ。
(命を懸ける理由としては、軽すぎるな……)
ハッキリ言って信用できない。あまりにも怪しすぎる。
それに手を組めば、一人で王を目指すという信念に反する。
これまでの一時的な関係は良くとも、王位継承戦は全く別の話。
「…………よろしく頼む」
ただ、思いに反し、ベクターは拳を前に突き出した。
信じてみたくなった。騙されてもいいと思える相手だった。
理由はそれだけだ。裏切られたなら、その時にまた考えればいい。
「じゃあ、これからも頼むぜ、相棒!」
ルーカスは小気味のいい返事と共に、拳を突き出す。
(これも、悪くはないか……)
不安と高揚が入り混じった、初めての感情。
それを肯定的に受け止めながら、拳は合わさった。
◇◇◇
第三回廊区。怪異の城。最上階。
「まってくれ……おや、じ……」
ラウラは半目を開き、ぐっと手を伸ばした。
その先にあったのは、包帯が巻かれた右腕のミイラ。
ネクロノミコン外典。親父が生前、所有をしていた物だった。
「目が覚めたみたいっすね」
ひょいと右腕を取り上げられ、声が聞こえる。
取ってつけたような敬語。独房の中で聞き慣れた声。
(あぁ……最悪の寝覚めだ)
ラウラは数度まばたきして、意識を覚醒させる。
気分は最悪。体はだるくて、反動でセンスが出ねぇ。
メリッサに起こされたのもあるが、体調はすこぶる悪い。
「よく勝ったな。どんな手を使った」
「僕も興味あるねぇ。今後のためにも教えてよ」
そこに声をかけてきたのは、ミネルバとアルカナだった。
他の連中もすでに起きていて、少しばかり寝坊しちまったようだ。
(みんな、無事か……。体張った甲斐、あったかもな……)
ほっと胸を撫でおろしたくなる気分だった。
ただ、王位継承戦はまだ終わったわけじゃねぇ。
第三区でこれなら、第四区はもっと苦戦するはずだ。
「やなこった。企業秘密だよ」
つまり、能力の詳細は言えない。
今後のことを考えれば、それが一番だった。
◇◇◇
第四小教区。終点に位置する場所。王墓所。
棺桶に座っているのは、白い修道服を着た霊体。
片手には白い杖を持ち、細い目を少しばかり開いた。
「君が一番乗りか。これは予想外だったかな」
初代王マーリンは、侵入者を歓迎する。
これは継承戦。王子が来なければ意味がない。
視線の先には、期待を超えてきた王子が立っていた。
「えぇ……なにここ……。暗いし、怖いし、辛気臭いし、じめじめしてるし、幽霊出そうだし、服はボロボロだし、手は焦げ臭いし、前後の記憶がないし、目の前にいるの絶対ラスボスじゃん。……というか、なんでわたし一人なのぉ!?」
金髪碧眼の黒いワンピースを着る少女。
王位継承権第五位というダークホース的存在。
辺りを見回しつつ、心の内を正直にぶちまけている。
「……来たからには、相手させてもらうよ。エリーゼ・フォン・アーサー」
想定外を楽しみつつ、マーリンは白い杖を構える。
事情はどうあれ、足を踏み入れたなら加減はできない。
勝てれば、王。負ければ、霊体。という結果が待ち受ける。
こうして、王位継承戦は奇怪にも大詰めを迎えようとしていた。
◇◇◇
バッキンガム宮殿内。分霊室前にそびえたつ大門。
門の一部が砕かれ、大理石の床に一人の少年が倒れていた。
「あ、れ……? 何がどうなって、こうなった?」
高い天井を見つめながら、ジェノは心境を口にする。
視界はぼんやりして、頭の中は霧がかかったようだった。
状況がよく分からないまま、ひとまず、立ち上がろうとする。
(……ん? なんだこれ)
すると、後頭部に些細な違和感があった。
柔らかいような、ゴツゴツしたような奇妙な感覚だ。
(もしかして、パメラさんが介抱してくれたのかな?)
薄っすら思い出すのは霊体パオロとの戦い。
恐らく、倒すのに苦戦して、気絶してしまった。
結果は不明だけど、近くにはパメラとガルムがいた。
今までの成り行きを考えれば、それ以外に考えられない。
「――助かりました。あの後、どうなったん、で……す…………」
右手を支えに起き上がり、ジェノは振り返る。
でも、言葉を失った。思わず目を疑ってしまった。
(不可能じゃない……。条件は満たした……。でも、こんなことって……)
ジェノは、ぼやける頭で状況をまとめる。
冷静に、合理的に、客観的に、現状を分析する。
だけど、いくら考えても、浮かぶ答えは一つしかない。
「リーチェ、さん……?」
「おはよう、ジェノ。寝覚めはどう?」
復活を待ち望んでいた師匠リーチェ。
静かに立ち上がり、優しい声音で尋ねた。
長い銀髪に、尖った耳に、黒のロングコート。
紛れもなく本物だ。あの頃とまるで変わってない。
「あの……体はもう大丈夫なんですかっ!!」
質問を忘れ、ジェノは彼女の肩を掴み、言った。
人を心配できる心がまだ残っていて、本当に良かった。
あのまま神格化が進めば、気を配ることもできなかったはずだ。
「あぁ……それなら問題なし。それより、事の経緯を聞かせてくれる?」
リーチェは腕を上げ、健康をアピールする。
服は汚れていたけど、体は問題なさそうだった。
もしかしたら、霊体を倒してくれたのかもしれない。
「もちろんです! 日が暮れるまで話してあげますよ!」
「それは、困るわね。せめて、夕飯前までにしてちょうだい」
変わらないやり取り。当たり前だった光景。
それが手に入った。失ったものを取り戻せた。
「分かりました! じゃあ、まずは適性試験の話から――」
意気揚々と、ジェノは語り出そうとする。
しかし、目に入ってきたのは、予想外の光景。
頭が貫かれ、血が弾け、大理石の床を赤く染める。
「……」
わざわざ確認するまでもなく、即死だった。
経緯を聞かせる暇もなく、リーチェは死に至る。
(なんで……どうして……こんなひどいことをするんだ……)
その視界の端には、見慣れたものが映る。
空中を自由に動き回ることができる木の矢だ。
そこから犯人が分かる。やってきた者たちが分かる。
「パメラぁぁぁぁぁあああっ!!!!!」
大門の前に立っていたのは、パメラとガルム。
ジェノはかつて否定した感情。復讐心に駆られ、声を荒げた。




