第53話 人智を超えた戦い
第一商業区。廃墟と門の残骸の上で、相対するのは二人。
黒髪の少年と金髪の女性。それぞれ趣が異なる制服を着る。
少年は帝国の隠密部隊。『滅葬志士』が配給する青の隊員服。
女性はアメリカの航空会社。『ユナイテッド航空』の青の制服。
青色で制服という点では同じ。異なる点は属する組織が違うこと。
(『滅葬志士』の制服……。風格からして、棟梁格でございましょうか)
思案するのは金髪の女性。エミリア・アーサー。
王室の血を引きながら、継承権を持たない王子の一人。
継承戦を陰ながらサポートするため、客室乗務員に就職する。
熱意も情熱もなく、ただの継承戦を回す部品として仕事をこなした。
(一時は取り乱してしまいましたが、CAとして職務を遂行させていただきます)
しかし、今の体を突き動かすのは、仕事への誇りと熱烈な愛。
動機もなく、空っぽだった客室乗務員という肩書きに、火を灯す。
不覚を取ったことで、刷り込まれた情操教育が心身に影響を及ぼした。
「――」
カツンとヒールを鳴らして、エミリアは瓦礫の山を駆ける。
地の運送人。指定した人物を招待し、目的地まで案内をする。
案内中、招待された客人に死の危険が迫った場合、緊急事態と認定。
トラブルや原因を排除できる程度の対応力を得る。その力に上限はない。
「…………」
バチンと光が走り、蹴りと拳が衝突する。
緑光と銀光。脚力と膂力。センスとセンス。
意思の力が強い方が打ち勝つ、単純な力比べ。
(棟梁格は過小評価……。これは、総棟梁クラス……っ)
手応えから、エミリアは敵の力量を察する。
『滅葬志士』の各都道府県代表では収まらない。
隠密部隊を牛耳るトップ。総棟梁にふさわしい実力。
「条件付きとはいえ、人間の中でも上澄み。ですが……」
すると、少年は顔に似合わない発言をし、発光。
纏う銀光を解放し、内に秘めたセンスを顕在化する。
(なんて、膨大な……。総棟梁ですらも格が劣る……)
眩い銀光が柱のように立ち上がり、第一商業区を照らす。
膨大な光量を前に、満ちていた闇は、ことごとく光に染まる。
まるで、夜空に輝く恒星の光が、商業区に降り注いだようだった。
(神……?)
蹴りを放ったことを忘れ、エミリアは少年に興味を持つ。
相手は案内し終わった人物。名は、ジェノ・アンダーソン。
エリーゼ陣営の侍従リストの中で、最優先とされていた少年。
経歴や出生などは不明。記載されていたのは名前と顔写真だけ。
そこからは想像もつかない力がある。少年の領分を逸脱している。
ただ、相手を神とするならば、話は別。それなら一言で説明がつく。
「……超原子拳」
瞬間、背筋がぞっとした。
気を抜いたことに、後悔した。
辺りは暗闇に満ち、迫るのは左拳。
拮抗状態の右拳と右腕を捨てた、特攻。
「――っっ」
ぐちゃりと音を立て、少年の右腕が吹き飛んだ。
エミリアは蹴りを振り抜き、致命的な隙を晒している。
そこに迫った拳には銀光が凝縮。顕在したセンスの一点集中。
(超新星爆発……)
そう威力を確信するほどの圧倒的な光量。
当たれば、殺される。体の原型は留まらない。
抵抗しても無駄。反撃という概念は成り立たない。
「…………」
負の感情に支配されながらも、エミリアはヒールを鳴らす。
無意識に体は動き、持ち得る全てのセンスを左足の踵に乗せた。
「――空挺蹴撃」
異なる光が迸り、強化された蹴りと拳は、再び衝突する。
先ほどとは比にならない光量。単純を超えた桁違いの力比べ。
廃墟の残骸は浮き上がり、瓦礫は四方へ飛び散り、光が煌めいた。
遅れて、けたたましいほどの轟音が鳴り響き、光の衝突は決着がつく。
「……………………………………………………………………はえ?」
立っていたのは、金髪の女性。ただの客室乗務員。
一時とはいえ、神に打ち勝ったことをエミリアは知らない。




