第52話 調和
壁が崩壊する数秒前。
魔人の爆撃を受けた直後のこと。
地面と水平に吹き飛ぶのは、白き神だった。
正面から一直線に飛ばされ、大門に背中から激突する。
「……」
魔人の一撃。破壊という一点に特化した荒技。
センスを起爆する。シンプルかつ、刺激的な一品。
スパイスが効いた料理。ではなく、スパイスそのもの。
唐辛子を直接、口の中に入れ込まれたような感覚に近しい。
(やや刺激的ではありますが、旨味に欠けますね)
白き神は、爆撃と衝撃をその身で受けつつも、無傷。
爆撃時は首。衝突時は背中。といった形でセンスを展開。
意思の力を効率的に操り、生じるダメージを激減させていた。
(香辛料だけでは味気がない。これは、良い智見かもしれません)
結果、涼しい顔をして、感想を抱くに至る。
その間にも、大門はミシミシと音を立てている。
区画を仕切る大門と壁は元々、老朽化が進んでいた。
至る所がひび割れ、歴代の王位継承戦の傷跡が蓄積する。
加えて、サーラの守護霊による斬撃。魔人の一撃による衝突。
それがとどめとなり、区画を仕切る壁は崩壊し、門は粉砕された。
(ただ惜しい。辛みに合う食材があれば、美味しく頂けるのですが……)
白き神は崩壊を気にも留めず、理想の味を追求する。
役割を全うするのは当然として、その上で、楽しみたい。
それは、世界の均衡を中立に保つ存在として、逸脱した感情。
人の身に宿り続けたことにより、神としての欲望が生まれていた。
「……?」
不要な感情だと自覚しつつ、白き神は振り返る。
滑空する門の残骸を物陰に、視界に捉えたのは少女。
横切ろうとする瞬間に、目を凝らし、姿を確認していく。
「あぁ、世界の癌細胞がこんなところにも……」
長い銀髪、尖った耳、黄金色の瞳。
神としての役割の延長線上にいる少女。
反転により、世界の理を幾度も歪めた天敵。
(……リーチェ。香辛料を活かすには手頃な食材ですね)
相手は、ある意味で仇敵とも言える。
反転により、十世紀ほど休眠させられた。
ただ、相手に恨み辛みという感情は一切ない。
存在が消失したことで、信仰がより強固になった。
以前よりも力を増して、再び世界に戻ることができた。
むしろ、感謝したい。引き立て役になってくれたのだから。
「――」
内心で感謝しつつ、白き神は拳を振るう。
不意を突く、センスを込めた右ストレート。
無防備な隙を晒す少女に、暴力が振るわれる。
(まさか、この程度で終わってくれませんよね)
相手は十世紀にも渡り、存在を封じた元凶。
恨みこそせずとも、リーチェには期待していた。
「……っ」
しかし、リーチェは動かない。
体は強張り、硬直してしまっている。
(期待外れだったのでしょうか……)
動けない原因は、理解できる。
リーチェはジェノと師弟関係がある。
久方振りの再開で弟子に暴力を振るわれた。
予期しない出来事。望んでいなかった展開のはず。
隙を晒す理由にはなる。ただ、それは言い訳に過ぎない。
(長きに渡る因縁がこのような形で決着がつき、残念です)
落胆しつつも、白き神は拳を迫らせる。
拳は肉薄して、回避も防御も不能の距離。
「――――」
しかし、放たれた拳は空を切る。
反転を使ったような動作もなかった。
それなのに消えている。姿形も見えない。
(……成程。彼女の能力は、そういう解釈もできるのですね)
ただ、白き神は気付いていた。
後ろを振り返り、結果を確信する。
「お客様の安全確保はCAの務め。混沌がお望みなら調和をお届け致します」
そこに立っていたのは、見覚えのある金髪のCA。
ニューヨーク行きの航空機に乗っていた案内のプロ。
人であろうと神であろうと、案内の妨害は許されない。
それを条件に組み込み、リーチェという客人を案内した。
案内中かつ、客人の命が狙われた状況限定の縛りとすれば。
(特定条件下の無敵。これは……噛み応えがありそうな相手ですね)
白き神は客室乗務員に興味を示す。
本来なら、神の役割に関係ない無辜の民。
しかし、予期せぬ上物を前に、好奇心が勝った。




