第51話 混沌
分霊室。第一商業区。崩れた大門の前。
そこで相対するのは、二人の似て非なる少女。
商業区の廃墟の大半は粉砕され、赤レンガが飛び散る。
「……」
「……」
そこで戦っていた、渦中の二人。
リーチェと霊体リーチェは手を止めた。
示し合わせたように、お互いに距離を取った。
(何か、来る……)
リーチェは異変を感じ取り、大門を見る。
気を配るべきは、崩れた外装よりもっと奥。
奥には森が見える。広大なバトルフィールド。
そこで、立て続けに聞こえた爆音と風を切る音。
尖った耳をピクンと動かしながら、状況を鑑みる。
(あいつも察した。奥で何かあったのは間違いない)
敵の警戒を怠らず、リーチェは考えを巡らせる。
休戦は一時的。相手は同じ人間だからよく分かる。
異常を察知し、不測の事態に備えることを優先した。
(問題は何が起きるか。先んじて、どう行動を取るべきか)
事態が収束すれば、戦闘は再開される。
それを考慮に入れて、思考をまとめていく。
「あわわわ……。爆撃……。B-29……」
そこで聞こえてきたのは、金髪のCAの怯えた声。
客室乗務員というヴェールが剥がれ、心神喪失状態。
本来の業務を怠り、子供のように膝を抱え、震えている。
今の状態で注意を促しても、大した変化は期待できないはず。
「――」
リーチェの足は、即座に動き出す。
向かうのは、震えているCAがいる場所。
大の大人を横向きに抱えて、門から飛び退く。
CAは抱えられたことにすら気付かない様子だった。
(打算もあるけど、見殺しは後味が悪いのよね……)
跳躍しつつ、リーチェは在りし日を思い出す。
鮮明に浮かぶのは、ブラックマーケットでの騒動。
とあるマフィアが、露店の店主に暴力を振るった光景。
助けられたのに、事情を優先して、見殺しにしてしまった。
あんな思いはもう二度と御免。これは、あの時の禊でもあった。
「……」
それと同時期に霊体リーチェも後方に跳ぶ。
その視線の先にあるのは大門じゃなく、こちら。
事態が収まり次第、戦闘を再開しそうな勢いがある。
(優先度は私が上……。裏を返せば、門側は警戒に値しないということ)
状況から、リーチェは敵の胸中を探る。
自分基準で考えるなら、考察は容易だった。
(ただ、あくまで敵の事情。鵜呑みにするのは危険ね……)
しかし、リーチェは安易な判断をしない。
同じ人間でも、生きた時間軸と目的が異なる。
価値観も命令も判断基準も、きっと同じじゃない。
秤はいつだって、自分の中にある。判断軸は曲げない。
(本命は門。あいつは後回しでいい)
リーチェは敵から視線を外し、大門の方を向く。
自分ならこの隙を見逃さない。襲われる可能性は十分。
そのリスクを承知した上で、門側の方が危険だと感じていた。
「――」
直後、かすかに風を切った音がする。
足音は消してるけど、衣擦れ音は消せない。
すなわち、霊体が迫ってくる音。隙を狙ってきた。
(敵に意識を割きたいのは山々だけど、今じゃない……)
自分の判断に従い、リーチェは門側を警戒する。
あと少しで何か異変が起きる。そんな予感があった。
「受けないと、死ぬよ?」
すると、不意にそんな声が聞こえる。
横目で見えたのは、回転がかかった右拳。
脇腹狙いの一撃。あれはガードじゃ防げない。
同じ回転を乗せた拳で迎撃するのが、適切な行動。
(最悪、死ぬのは私だけ。それなら問題ない)
リーチェはそれでも、考えを曲げない。
致命傷になる覚悟を決め、門を見つめ続ける。
その間にも右拳は迫り、接触まで0.1秒もかからない。
「馬鹿だなぁ。そんなんだから、周りを不幸にするんだよ」
そこで相手は心に刺さる一言を添える。
そうかもしれない。今までずっとそうだった。
誰かを幸せにした覚えはない。不幸にさせてばかり。
「今まではそうでも、これからは分からない」
リーチェはその間に言い返す。
圧縮された時間の中で意見を述べる。
その視線に迷いはなく、前だけを見ていた。
無謀すぎる行動。なんの根拠も戦術性もない発言。
空気は張り詰め、緊迫した状況が続く中、それは起きた。
「――」
「――っ!!?」
大門は吹き飛び、それに連なる第一区画の壁は崩壊する。
瓦礫と破片が飛び散り、山崩れのように襲い掛かってくる。
リーチェは適切な回避を選択。霊体リーチェは巻き込まれた。
(やっぱり……。命令を優先するからそうなるのよ……)
瓦礫に埋もれた哀れな敵を見つめ、リーチェは破片を避ける。
劣勢を覆した。自分の判断に従ったおかげで、危機回避ができた。
ほんの少し、心が上向きになるのを感じながら、冷静に対処し続ける。
(大きい……)
そんな中、一際大きい瓦礫を察知する。
大門を丸くえぐり取ったような、でかい塊。
ただ意識していれば、どうってことはない規模。
「――」
リーチェは慎重に回避し、塊を避けた。
金髪のCAを抱えたまま、瓦礫を対処しきった。
(ふぅ……今ので最後……)
安堵し、リーチェは気を抜いた。
ほんの少しだけ、隙を作ってしまった。
「あぁ、世界の癌細胞がこんなところにも……」
そんな隙をついたのは、少年。
瓦礫に紛れた人物が拳を振るった。
(え……?)
目を疑った。頭が理解を拒んだ。
拳を振るったのは、かつての弟子。
ジェノ・アンダーソンだったのだから。




