第49話 暗中模索
静寂な森の中で、ふと目が合った。
森の暗闇から生まれ落ちたような存在。
力強さと邪悪さを兼ね備えた、破壊の権化。
血液が凍りつき、時間が止まったように感じる。
(敵か……味方か……もしくは、人智を超えた災害か……)
パオロは呼吸を忘れて、思考を回す。
対峙したのは魔人。人と魔の中間的な存在。
確証はないが、角と尻尾と羽根という身体的特徴。
理性がなく、霊体ベクターを一撃で消滅させるほどの力。
体の基本構造は、サーラであることから見て、ほぼ間違いない。
ただ相手を魔人と断定したところで、なんの気休めにもならなかった。
(言葉が通じる相手とは思えないが、どうする……)
パオロは限られた時間の中で、暗中模索する。
現状、対話を試みる暇もなく、殺される結果が濃厚。
真正面から戦いを挑んだところで、勝てる未来が見えない。
(重い条件を課せば、勝つ可能性はあるが……どこまでアクセルを踏めばいい)
意思の力は、条件次第で力が飛躍的に向上する。
移動系能力から戦闘系能力まで幅広く共通している。
戦闘後に死ぬことを条件にすれば、恩恵は計り知れない。
ただ、こんなところで死にたくないし、相手を殺したくない。
だからこそ、問題は、どこまで重い条件を自らに課せるかだった。
半端な条件では勝てない。かといって、条件が重いと死がつきまとう。
(いや、勝つ必要はない。引き分けで十分だ……)
現段階で、勝ちに固執する必要はなかった。
狙いは引き分け。それ以上の結果は求めていない。
達成するハードルを下げれば、その分、条件が軽くなる。
(相手を止める……。それだけに特化すれば……)
条件を設定し、改善を試みる。
体系化された武術は能力のたたき台だ。
条件とセンスを加えれば、いかようにも変わる。
型がある技と型がない技では、出力も精度も違ってくる。
「七星螳螂拳……」
だからこそ、パオロが選ぶのは七星螳螂拳。
そのベースは、中国武術の王道。少林拳にある。
八極拳も、螳螂拳も、少林拳からの派生に過ぎない。
歴史は1500年以上あり、型は洗練され、無駄が省かれる。
そこに、自分を乗せる。100%の精度で模倣し、120%にする。
型を知っているからこそ、破れる。武術は、そうやって進化した。
「【点縛星】」
パオロは魔人に迫り、右手の人差し指を突いた。
中国武術には、拳より掌が優れ、掌より指が優れる。
という諺がある。実際に、指が一番、急所を狙いやすい。
ゆえに、現代の武術では危険性が高く、禁じ手とされている。
(破門に加え、意思の力を一か月間、互いに縛る)
条件を指定し、パオロは指を迫らせる。
武術を捨てる覚悟を秘めた、捨て身の一撃。
意思の力を封じれば、止められると山を張った。
「…………」
しかし、指はピタリと止められる。
腕を掴まれ、接触する寸前で停止する。
(は……?)
起きた出来事に、脳が追いつかない。
止めたのは、少女でも魔人でもなかった。
褐色肌に、左頬に刃物傷がある黒髪の少年だ。
その特徴には見覚えがあった。忘れるわけがない。
(ジェノ……っ!? いや、誰だ、こいつは……っ!!)
パオロは見た目から判断するが、異変に気付く。
あり得ない。この速度に割り込めるほど育ってない。
つまりは、別人だ。間違いなく、中身が入れ替わってる。
「無礼の贖罪は済みました。自己像幻視に感謝することですね」
そう結論に至った瞬間、声が聞こえた。
気付けば、痛みもなく、目の前が暗くなった。




