第48話 神との交渉①
第二森林区。西端に位置する場所。
黄金の鎧と、銀の直剣が地面に落ちる。
鎧の胴周りは貫かれ、剣は赤く輝いている。
その装備を纏った霊体は、もうこの世にいない。
立っていたのは少年。蘇り、勝ち残ったのはジェノ。
ただし、中身が異なっている。神格が表に出てきている。
(……白き神が自我を持った。情報は正しかったようだね)
パメラは、その現象を前向きに受け止めていた。
起こるべくして起きた事態。早いか遅いかの違い。
むしろ、好都合。白き神と直接契約を交わせる好機。
仮に契約が実現した場合のメリットは、計り知れない。
王位継承を諦めたとしても、余裕でお釣りが返ってくる。
(まぁ、浮かれてばかりもいられないか。成功確率は高く見積もっても1%)
ただ、それは死と隣合わせのリターン。
失敗すれば、霊体パオロと同じ末路をたどる。
最高のスリルを味わった上で、初めて得られるもの。
(百回やって九十九回は死亡する計算の交渉……。こいつはヒリつくねぇ……)
王位継承戦で最大の難所と言い切ってもいい。
一国の王子なんて比較にもならない、格上の存在。
白教が信仰する唯一神。信徒は、世界人口の半数以上。
顕現した白き神を前に、パメラは密かに胸を躍らせていた。
「下心が見え透いていますね。始終は中で見ていましたよ」
白き神は、へりくだるように敬語を使う。
尊大な振る舞いをする空想上の神とは、真逆。
俗物的で、どこにでもいる、手の届きそうな存在。
それがむしろ、等身大な神としての質感を高めていた。
(堕天の件は筒抜けか。立場も状況もすこぶる悪い)
一方で、立ちはだかる壁は高い。
神を堕天させ、人間側に引きずり込む。
それが、継承戦よりも優先したい目標の一つ。
計画を知られた上で、達成するのは困難極まりない。
(……でも、上等だね。その上で口説き堕としてやるよ)
だからこそ、余計にやる気が引き立てられる。
登る山が高ければ高いほど、頂きの景色は格別。
青写真を頭に浮かべて、パメラは交渉を開始する。
「よもやま話を覚えてくださるとは、恐悦至極でございます……白き神」
語り過ぎず、欲を出し過ぎない。
敬意を前面に出し、白き神を立てた。
ただ、パメラは、ギリギリを攻めていた。
本来であれば、神に対し、膝を折るのが礼儀。
機嫌を損ねて、殺されないための作法とも言える。
ただ、無難な振る舞いでは神を攻略できないと踏んだ。
「…………」
白き神の視線が突き刺さり、沈黙の間が流れる。
パメラとガルムを交互に睨みつけているように見える。
(ガルムには悪いけど、これで神の怒りを買うなら一緒に死んでもらうよ)
パメラが行ったのは、立ったまま神と接すること。
主人の命令に忠実なガルムも、巻き添えになる形だ。
普通に考えれば、無礼で、不遜極まりない行為だった。
ただ、常軌を逸した存在に人間の常識なんて通用しない。
頭のネジを外さないと、1%の先にはきっと手が届かない。
「名乗りもせず、欲も見せず、敬意を払いつつも、立場は弁えない……」
起きた状況を一つ一つ咀嚼するように、白き神は語る。
全くもってその通り。一言一句間違ったことは言っていない。
(ここを越えられないようなら、お先は真っ暗。喜んで命を捧げるよ)
不穏な空気が流れる中、パメラは瞳を逸らさない。
命を捨てる覚悟を決め、白き神と目と目を合わせ続けた。
そのいたたまれない間が、どれぐらい続いたのかは分からない。
「……面白い奥方ですね。面の厚さに免じ、恕しましょう」
ただ、結果として、白き神に赦された。
交渉の土台にすら立てないが、生き残った。
(ふぅ……。前途多難だけど、首の皮一枚で繋がったかね……)
パメラは胸中で安堵し、次の選択肢を模索する。
気に入られた。とまでいかなくとも、機嫌は取った。
幸先が良いとは言えずも、決して悪くはない状態だった。
「ただし、黙秘を貫く、合成獣は別ですが」
しかし、白き神の怒りの矛先は、ガルムに向いた。
霊体パオロを屠った右手を伸ばし、ゆるりと迫らせる。
(あぁ……。ガルムを助ければ、不敬とみなされ、恐らくだけど、こちらにヘイトが向く。見殺しにすれば、現状は維持できるかもしれないが、計画に支障が出る。あちらを立てれば、こちらが立たずだね……。どうする……っ!)
その間にパメラは二択に絞り、思考を回す。
ガルムを助けるか、それとも、見殺しにするか。
限られた時間の中で、どちらか選ばないといけない。
(神は人の常識で計れない。張るなら分が悪い方、だね……)
パメラは即断即決し、ガルムの方に手を伸ばす。
相手が本気だったなら、恐らく、間に合わなかった。
ただ、相手の動きは遅い。おかげで先に接触を果たした。
「遺伝子……」
すかさず、神に対抗するための文言を唱える。
通用するかは分からないが、何もしないよりはマシ。
それぐらいの感覚で、パメラは、意思の力を高めていった。
「――――っ!!?」
直後、鳴り響いたのは、轟音。
近くで爆弾が起爆したような音だった。
当然、技は中断し、無防備な隙を晒してしまう。
(まずったねぇ……。このままだと、最悪……)
パメラの脳内には、最悪のケースが浮かぶ。
機嫌を損ねた白き神に、一瞬で殺される未来。
今から唱え直しても、まず反撃は間に合わない。
「…………」
ただ、意外にも、白き神は手を止めた。
視線と興味関心は、音のした方へ向いていた。




