第45話 似て非なる者
分霊室。第一商業区。崩れた大門の前。
ひび割れた地面をタタッという足音が響く。
銀色の光が灯っては消え、それが繰り返される。
戦うのは同じ顔で、似た格好をした銀髪の少女二人。
二人の唯一違う点は、眼鏡をかけているかどうかだった。
「戦況は二勝二敗で、五分と五分。防衛組の霊体二人は消滅。攻略組の二人が死亡。お互い痛み分けの結果だね。……どうする? 私の『反転』なら元に戻してあげることもできるよ。そっちが、諦めるのが条件だけど」
眼鏡をかけていない方の少女。
霊体リーチェは拳を振るい、語る。
拳にはセンスと回転が乗り、空を穿つ。
回避されたにもかかわらず、衝撃波が発生。
背後にある廃墟を、豆腐のようにえぐっていく。
通常攻撃の一発一発が必殺級。桁違いの強さを誇る。
(この口振り……。反転の魔眼のデメリットを克服した……?)
その攻撃を容易くいなすのは、眼鏡をかけた方の少女。
リーチェは与えられた情報を元に、淡々と考察を進める。
反転の魔眼は、願ったことを反転させる能力を持っている。
心から願ったことじゃないと実現せず、無意識も反映される。
その力を制御するには、特殊な眼鏡。大罪伝世鏡が必要だった。
それなら無意識の願いを抑制でき、意識的な願いの反転もできる。
ただ願いの代償として、大罪伝世鏡の一部が欠けてしまう諸刃の剣。
意識して目を使うほど、無意識が抑制できなくなるジレンマがあった。
「……馬鹿言わないで。反転じゃ元には戻らない。世界が歪むだけ」
リーチェは反撃に転じ、回転が乗った踵落としを放つ。
空振りを見せるも、空を縦に裂き、廃墟を真っ二つにした。
異次元の戦闘。それを息をするようにこなし、会話劇に興じる。
「えー、次の行き先はぁ、地獄でございます……」
その片隅では、金髪のCAがガタガタと震える。
王位継承戦における一番の被害者がそこにはいた。
今は気を回せるけど、お互いに本気を出せば、話は別。
力の奔流に巻き込まれ、見るも無残になる姿が想像ついた。
「散々、エゴで世界を歪ませたクセによく言うよ」
「人のこと言える立場? あなたも同じでしょ?」
拳と拳が衝突し、言葉をぶつけ合う。
銀光が迸り、大地が揺れ、空気が震える。
力は拮抗していた。体術での決着はつかない。
「……はぁ。攻略組の誰が死んだか、教えてあげようか?」
拳を合わせながら、霊体リーチェは語る。
体術ではなく、言葉で勝負を仕掛けてきた形。
(ゆすり、か……。思考回路は未来の私でも同じのようね)
相手は未来から来た存在。それは拳を交えて分かった。
喋り方や態度に変化はあるものの、本質は変わってない。
目的のためには手段を選ばない。そのためには何でもする。
「言ってみたら。どうせ、私には効かない」
リーチェは相手を理解した上で、話を振った。
下手な嘘はつかないだろうし、内容も恐らく真実。
だから、あえて聞いた。奥の情報は仕入れておきたい。
問題は中身だけど、何を言われても動じない自信があった。
「……ジェノとエリーゼだよ」
霊体リーチェの発言に、拳がぴくりと動く。
無意識だった。意図せず体が反応してしまった。
ぞくぞくとした何かが体の奥底から込み上げてくる。
(さすがは私……。ゆすりのネタは一流ね……)
問題の焦点は、諦めれば、反転で状況がどうにかなること。
復活するのか、時間が巻き戻るかは不明だけど、助けられる。
しかも、大罪伝世鏡が欠けるリスクもない。メリットは、十分。
「その様子なら、聞くまでもないか。……『反転』使うけど、いいよね?」
すると、念押しするように霊体リーチェは尋ねる。
拳の震え、眼球の動き、沈黙、あらゆる要素から分析。
その上で交渉成立と判断した。何も間違った発言じゃない。
「――」
だけど、返事はしてやらなかった。
代わりにリーチェは腰の入った右拳を放つ。
ひねりとセンスを加えた、正拳突きをお見舞いした。
「……交渉決裂、かな。理由を聞いてもいい?」
ただ、そんな不意打ちで倒せる相手じゃない。
後方に宙返りをして、器用に攻撃をかわしている。
その後に生じる衝撃波も、ケアする形で回避していた。
「どうやら、私の知らない未来からきたようね。だったら、よく聞きなさい」
同じ自分なら、気付かないのはあり得ない。
同じ自分なら、震えた意味をはき違えるわけがない。
同じ自分なら、この込み上げる熱を理解できないわけがない。
「あの二人は私が見込んだのよ。一度死んだぐらいで、終わるわけがないでしょ」
リーチェが寄せるのは、絶対的な信頼。
死に追い込まれてから力を発揮する、可能性の獣。
心配よりも、成長をこの目で見れない後悔の方が勝っていた。




