第44話 霊体アルカナ戦④
目の前には、ラウロが所有していた物がある。
あの日、焼き払われたと思ってた、遺体の右腕がある。
包帯に封印術式が組まれた魔術書。ネクロノミコン外典がある。
白骨の表面には、黄金色の瞳。大量の魔眼が植え付けられた異形がある。
(どうして、こいつがアレを持ってやがる……っ!!!)
ラウラは、状況を誰よりも理解する。
霊体アルカナを倒すより、優先すべき事案。
対処を誤れば、確実に殺されてしまう状況だった。
「……知ってても、どうにもならないと思うけどなぁ」
霊体アルカナは、包帯を払いのけながら、語る。
ぽとりと包帯は落ちていき、腕の魔眼と目が合った。
選ばれる能力は未知数。ただ害意があるのだけは確実だ。
(あぁ……ごちゃごちゃ考えてる暇はねぇ。『目を潰せ』だったなっ!)
思い出すのは、親父が遺した最期の言葉。
それに従い、ラウラは狙う標的を切り替える。
右拳を完全に停止して、左手に意識を向けていく。
「――」
ラウラが、動かしたのは裁ちばさみ。
あらゆる物体や事象を切り取る能力を持つ。
その刃先は、脅威の根本である魔眼に向いていく。
魔眼の数は約三十。右腕の白骨の至る所に生じている。
(右手は使えねぇ。脅威を排除してから、叩き込む)
溜めた力を解放すれば、恐らく、右腕ごと破壊できる。
ただ、使えば気絶する。魔眼を潰せても、本体を倒せねぇ。
だから、フィニッシュブローは最後にとっておく必要があった。
「……」
その間に、にやつく敵の表情が見える。
予想通りと言わんばかりの余裕を感じられた。
(……いや、待て。間に合うのか)
それが、一瞬の躊躇と戸惑いを生む。
切り取りは、対象を指定する必要がある。
右腕を対象にしたら、右腕は恐らく、消える。
ただ、右腕の魔眼は対象外。残る可能性があった。
かといって魔眼を対象にした場合、複数指定は不可能。
目は二つだと認識してる以上、一回の攻撃で、二つが限度。
魔眼の数は見えるだけで三十。十五回の切り取りが必要になる。
(無理だ。どう考えても間に合わねぇ。切ってる間にやられちまう)
裁ちばさみの達人なら、恐らく可能。
魔眼の能力が発動する前に、終わらせる。
ほんの一瞬の間で、瞳を十五回ほど切り刻む。
ただ、残念ながら、そこまでの腕には至ってねぇ。
(このままじゃ終わる……。何か別の手を打たねぇと……)
ラウラは、急速に思考を回す。
裁ちばさみを開きながら、考える。
選べる選択肢は、そこまで多くはねぇ。
時間は限られてる。ワンアクションが限度。
問題はどんな行動を取るか。それが重要だった。
(無理を押し通すとしても、押せるだけの理由がいる……)
一回の行動にベットするのは、人生。
思いつきで動けるほど、命は安くねぇ。
直感も大事だが、今回の場合、話は別だ。
(待てよ……。これなら……)
肌がひりつくのを感じながら、ラウラは光明を見る。
時間と選択肢が限られた状況だからこそ、思い至った。
命を張れる。人生を賭けられる。それだけの価値がある。
「切り取りッ!」
ラウラが選んだのは、裁ちばさみの利用。
正気とは思えない行動の裏には、理由があった。
「……っ」
霊体アルカナの表情が青ざめていくのが分かる。
血なんて通ってねぇはずなのに、顔色が悪かった。
ただ、演技の可能性はあるし、まだ油断はできねぇ。
「&貼り付けッ!!」
ラウラは裁断したものを、発生させる。
淀みない一連の流れは、ワンアクション。
この動作だけは、達人の領域に達していた。
(さぁって、命を張った甲斐があったかどうか、次で分かる)
ラウラが裁ったのは、魔眼ではなく、落ちゆく包帯。
封印の術式が刻まれた、ネクロノミコン外典そのもの。
それを貼り付け、右腕と魔眼を覆った。封印してやった。
包帯の効力が残ってるかは不明。それを今から試してやる。
「一斉再総送信」
言葉の意味は、意思の力に直結する。
止めた技を始動させるためには理由がいる。
これは、その意思表示。命を張った覚悟を乗せる。
「……起動」
遅れて、霊体アルカナは右腕の力を頼る。
もう一度、外典を起動させようと試みていた。
その行動から見えてくる。墓穴を掘ったのが分かる。
(やるんなら、再起動だったな……)
ラウラは冷ややかな目を向け、右拳を振るう。
青鱗の小手に全てのセンスを込め、惜しみなく放つ。
加えて、これまで切り取った出力を乗せ、必殺に変換する。
「件名:破邪顕正」
拳が霊体アルカナの頬を捉え、発するのは相手の技。
お見舞いしてやるのは、あの吸血鬼を数瞬で屠った一撃。
空中には無数の白い十字架が出現し、降り注ごうとしている。
恐らく、魔物や怪異に特攻がある必殺。霊体にも効果抜群と見た。
だから、再現してやった。そのために厳しい条件をいくつか満たした。
「……ま、待って。それは、聞いて――」
霊体アルカナは、拳を受けて、足元がふらついてる。
この様子じゃ、まともな反撃も回避もできねぇだろう。
魔術師は、接近戦に弱い。その読みさえも当たった形だ。
「お前の敗因は、言語センスの差だ。もっと言葉には気を配るこったな」
ラウラは背中を向け、敵の敗因を言い放つ。
直後、無慈悲なる十字架が霊体アルカナを襲った。
「――――――ぁぁぁあああああ……ッ!!!」
子供っぽい断末魔を上げ、霊体アルカナは消滅。
杖とネクロノミコン外典をぼとんと落とし、敗北した。
(終わったか……。一人でも意外となんとかなったな……)
ふと見た場所には、大きな窓があった。
カーテンが開かれ、外の景色が見えてきた。
そこには、涙をこぼしたような赤い月があった。
「月が、泣いてる……?」
ドクン。と心臓が高鳴るのを感じる。
何か条件を満たした。そんな気配があった。
(なんだ……? なんか、体がおかしい……)
その思考を最後に、ラウラは地面に倒れ込む。
視界は揺らぎ、景色は歪み、意識は飛んでいく。
「――白き神の器。一丁上がりっすね」
善人を救い、流血を止める。
簡易的な月の儀式が満たされた。
その一部始終をメリッサは見ていた。




