第42話 霊体アルカナ戦②
分霊室。第三回廊区。怪異の城。吸血鬼の間。
味方が倒れてもなお、孤軍奮闘を見せる女性がいた。
青髪ショートで黒服を着た、高身長で男勝りな元マフィア。
「切り取り、切り取り、切り取りッ!!!」
ラウラ・ルチアーノは、迫る青い球弾を裁ち続ける。
左手には、裁ちばさみ。刃を開いて、閉じるを繰り返す。
相手の狙いは、単純明快。必殺に頼らねぇ、理に適った戦術。
(……手数勝負か。望むところだっ!)
思惑を理解した上で、ラウラは駆ける。
霊体アルカナとの距離は、約五メートル弱。
魔術師は、近距離戦に弱いと相場は決まってる。
だから、接近戦でケリをつける。それまでは耐えだ。
「――どうして君だけが倒れてないか、教えてあげようかぁ?」
杖から青い球弾を放ちながら、霊体アルカナは言った。
(耳を貸すな……。ただの戯言だ……)
ラウラは無視を決め込み、距離を詰め続ける。
口を動かさず、はさみを動かし、前へ前へ進み続ける。
「この中で一番、君が弱かったからだよ。雑魚は最後にしたのさぁ」
それでも、聞こえてしまう。
嫌でも、耳に入ってきちまう。
(雑魚、か……)
アルカナは魔術の達人。ミネルバは剣術の達人。
ソフィアは体術の達人。ダヴィデは戦闘補助の達人。
アミは刀の達人。広島は拳の達人。メリッサは糸の達人。
みーんな、やられた。当分、起き上がってはこれねぇはずだ。
(……んなことは、言われなくても分かってる)
裁ちばさみの達人。と言われればそうでもねぇ。
技は最近、覚えた。習熟度は、他の奴と比べたら劣る。
だから、後回しにされた。強い奴から叩かれ、弱い奴が残った。
(何をやっても中途半端だ。他人に誇れるようなものはねぇ)
幼少期は、男として育てられた。
女の作法を教えられることはなかった。
その反動で髪を伸ばした。腰程度まで伸びた。
創作物にハマった。裁縫とコスプレが趣味になった。
お嫁さんになるのを夢に見た。人並みの女になりたかった。
だけど、刀で髪を切り落とされた。女の命は、あの日、殺された。
(だとしても、『女』には、やらなきゃいけねぇ時があんだよ)
それでも、女として生きたい。
男のような生き様でも、心は女だ。
絶対に曲げねぇ、自分だけの軸なんだ。
「切り取り」
足を進める度に、心が洗練されるのを感じる。
余計な雑音はねぇ。やりたいことは決まってる。
あいつに打ち勝って、女としての価値を証明する。
これは、そのための一歩。そう思えば、悪くはねぇ。
「ここで降参するなら、命だけは助けてあげるよ」
霊体アルカナは、球弾を飛ばしつつ告げる。
相も変わらず、拳大サイズの弱っちい球弾だ。
手数は多いが、一発一発は大した威力じゃねぇ。
(世迷い言だな。降参なんか、するわけねぇだろっ!!)
ラウラは答える代わりに、はさみを閉じた。
裁断してやった球弾の数は、おおよそ二十発。
全て貯蓄に回した。たんまり溜まってる状態だ。
「うーん、駄目かぁ。もう少し利口だと思ったんだけどなぁ」
相手の澄ました顔がよく見える。
あと一歩ほど踏み込めば、得意の距離。
しかも、迎撃する様子なし。隙だらけときた。
(誘ってんのか? ……上等だ。乗ってやる)
罠である可能性は、かなり高い。
ただ、ここまで来て後退はあり得ねぇ。
前進一択。罠だとしても、それごとぶち抜く。
「……武装添付」
ラウラは、溜めたエネルギーを右拳に集中。
さらに、自分のセンスも重ね合わせ、高める。
相乗効果は数倍以上。足し算じゃなく、掛け算。
その集大成が、青鱗の小手に変化し、右腕に装着。
(乗せる……。僕の思い、全部だ……)
継承戦のことを考えれば、余力を残すべき。
そんなことは、頭で分かってる。理解してる。
だけど、ここで手を抜くわけにはいかねぇんだ。
やらなきゃ女が廃る。命を張るのはここしかねぇ。
「……」
霊体アルカナは何もせず、ただ見ていた。
驚いた様子もなく、警戒する様子もなく、傍観。
まるで他人事のように、ぼーっと眺めているだけだった。
(防御型かカウンター型か、それとも舐めてるのか。いずれにせよ、ぶっ潰す)
ピキリと額に青筋を浮かべつつ、ラウラは右拳を振りかぶる。
相手がどうしようが関係なかった。心の内は、すでに決まってる。
「一斉総送信ッッ!!!!」
ラウラは、青鱗の小手を纏った右拳を振るう。
自身最高威力を誇る必殺の一撃が、解き放たれた。




