第41話 必殺
独創世界。街路王。舞台は、夜の凱旋門前。
霊体ベクターによる能力の発露。心象風景の具現化。
サーラはそれに巻き込まれ、一対一の戦いを強制されていた。
エリーゼ
体力『□□□』
必殺『■』
霊体ベクター
体力『□□□□□□□□□□』
必殺『■■■■■■■■■■』MAX
こちらの体力は残り三割を切っている。
敵の体力は満タンな上、必殺が上限に達した。
(はぁ……。こっちは武闘派じゃないんだけどな……)
サーラは、戦闘は不得意分野だと自覚しながら思考する。
一度は、前世の記憶を引っ張り出して、八極拳を繰り出せた。
だけど、あれは多分まぐれ。もう一度やれと言われてもできない。
(あー、本当なら、さっきので死んだようなものだったし、いいや)
ただ、うだうだ考えていても仕方がない。
というより、相手は百戦錬磨であろう武道家。
格闘の分野で戦う以上、まともに向き合えば不利。
(――直感に従え)
だとすれば、開き直るしかなかった。
ゆっくり考えられる時間はないんだから。
◇◇◇
石造りの巨大なアーチ。凱旋門の真下。
そこには、一人の華奢な少女が立っていた。
肩にかかる程度の金髪と碧眼。黒のワンピース。
王位継承順位第五位。エリーゼ・フォン・アーサー。
(……気配が、変わった)
霊体ベクターは対する敵を見ていた。
相手は目を閉じ、構えすらも解いている。
あまりにも無防備。あまりにも無警戒すぎる。
(……まさか、無念夢想の境地)
生前では、体得できなかった武の極致。
意識を極めた先にある、無意識領域の支配。
エリーゼは、そこに至ったような錯覚を覚える。
(……いや、あれは、一朝一夕で身につくものではない)
ただ、すぐに頭を振って否定する。
あり得ない。あり得えていいわけがない。
武道は、直感だけで極められるほど浅くはない。
可能ならば、武へ捧げた時間が無駄だったことになる。
(……我が全身全霊を以て、否定する)
霊体ベクターは、両手に全センスを集中させる。
必殺技ゲージは満タン。出力には恩恵が与えられる。
世界の恩恵を受けたこの技で、倒せなかった敵はいない。
文字通りの必殺。必ず相手を殺す、必中必殺の理想の具現化。
「デュオ・デュナミス・スェ・ミア」
霊体ベクターは呪文を唱え、両手を握っていく。
両手が握り終わった頃には、必殺の一撃が放たれる。
(……息切れの気配はない。……玉鏡星とやらの範囲圏外)
唯一の懸念は、パオロにかけられたデバフ。
方向感覚が狂い、体質が使用者と入れ替わる技。
影響範囲内であれば、技を出せたとしても、不安定。
体調の悪化はセンスに影響が出やすい。威力は激減する。
その上で、独創世界は発動できたが、出力重視のこいつは別。
もし、現実世界に引き戻されたら、失敗に終わる可能性はあった。
(……こいつを破る術はない。……消えてもらおうか)
ただ、独創世界と現実世界は、別の空間。
勝敗がつかない限り、世界が閉じる心配はない。
空間を繋げる技があれば別だが、相手にその術はない。
「……涅槃」
淡々と霊体ベクターは両手を握り込んだ。
若かりし頃に感じた、勝利の熱も渇望もない。
残ったのは行き場を失ってしまった、殺意と失望。
強者をこの手で殺した時にのみ、生きた心地を感じる。
歪んだ性格を自覚しながら、電磁を帯びた竜巻が放たれた。
◇◇◇
「ふぅぅ……」
サーラは目を閉じつつ、息を吐く。
頭と心を空っぽにして、呼吸に集中する。
余計なものは見ない。考えない。耳に入れない。
自分に没頭する。没頭した先にある答えを探し続ける。
(嫌な気配……)
すると、嫌な風を肌で感じる。
能力は不明。威力も範囲も分からない。
分かるのは、敵が必殺技を放ったってことだけ。
このまま何もしなかったら、殺されるのは、確実だった。
(今までの技は全て通用しないんだろうな……)
サーラは本能的に技の性質を感じ取る。
能力を無効にした上での、高出力の竜巻。
恐らく、センスすらも纏うことはできない。
二つの性質を併せ持った、二段構えの必殺技。
攻めも守りもあらゆる事象さえも打ち破る一撃。
(参ったな……。何をしても殺されるじゃん……)
諦めに近い感情が胸の内で満ちていく。
今までは追い込まれても、なんとかなった。
自分の力で、どうにかできる現象ばかりだった。
だけど、今回ばかりはさすがに厳しいかもしれない。
威力も能力も規模も桁違いすぎる。対処法が浮かばない。
(まぁでも、悪あがきぐらいはしてあげようかな)
何の根拠も計画性もなく、サーラは懐に手を伸ばす。
直感。思いつき。なんでもいい。高尚な理由は必要ない。
ただ、生きたい。理由はそれで十分。後は思いを乗せるだけ。
「……召喚っ!!!」
せめて、散り際は明るく元気よく。
サーラは目を見開き、守護霊を呼んだ。
背後には、白い装甲を纏った巨腕が現れた。
不完全な顕現。まだまだ完全顕現には及ばない。
むしろ、退化してる。前持っていた直剣がなかった。
(これが今の限界か……。情けないけど、受け入れるしかないよね……)
サーラは全ての力を守護霊に注いだ。
これ以上は何もできない。任せるしかない。
守護霊がどうにかしてくれることを祈るしかない。
霊は基本オート操作だ。人の意思が及ばない領域にある。
だから、王霊守護符を使った時点で、結果を待つ以外なかった。
「――」
すると、背後で巨腕が動き出す気配があった。
恐らく、迫る竜巻に正拳突きをお見舞いするつもりだ。
(最後は、拳で殴るか。シンプルだなぁ。それも、嫌いじゃないけどね……)
頭がふらふらしながら、サーラは思考する。
センスを注ぎ込んだ弊害。立ち眩みが生じていた。
最悪、見届ける前に、意識が飛んでしまうかもしれない。
(あぁ……どうなるかだけ……見届けたかったな……)
すぐそばには、電磁竜巻が迫っている。
負けるにしても負けた瞬間を見たかった。
そう思っていた時、体には違和感が走った。
「……あ、れ?」
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚があった。
心が痛い時に、じわじわ感じるようなものじゃない。
もっと物理的で、もっと直接的で、もっと具体的なもの。
サーラは、無意識的に胸元を見つめる。じっと観察してみる。
「――――」
すると、そこには守護霊の太い指があった。
白いはずなのに、赤く染まっているのが見える。
(あぁ……これは想像できなかったな……)
起きた現象を理解したと同時に、サーラの意識は飛ぶ。
この日、エリーゼ・フォン・アーサーは、守護霊に殺された。




