第40話 霊体アルカナ戦①
分霊室。第三回廊区。怪異の城。吸血鬼の間。
十二角形の室内には、十二枚の窓が存在している。
赤いカーテンで閉められる中、一つの窓が開いていた。
そこでは赤い月の光が差し込み、一人の霊体が照らされる。
「第一王子と第二王子の連合チームがこんなものぉ? 口ほどにもないね」
霊体アルカナは杖を構えつつ、退屈そうに語る。
こちらは八人がかりに対して、相手はたったの一人。
それなのに大半が床に突っ伏し、戦闘不能の状態だった。
「勝手に終わらせんじゃねぇよ、ダボ。勝負はこっからだろうが」
ラウラは一人立ち上がり、言い放つ。
体はボロボロ。センスも万全じゃねぇ。
それでも、戦わなきゃならねぇ時がある。
(あの時みたく、指くわえて見てるだけは御免だ……)
脳裏には、収容所での記憶が巡る。
後輩がさらわれて、レイプされかけた。
動けなかった。この手で助けられなかった。
くそったれな思い出だ。忘れたい人生の汚点だ。
それをここで、払拭する。後輩も見てることだしな。
「何度やっても無駄だと思うけどなぁ……」
呆れた様子で霊体アルカナは語る。
態度も発言も、完全に舐めてやがる。
負けるとは、微塵も思ってねぇ感じだ。
実際、聖遺物もセンスも通用しなかった。
大口を叩けるだけの実力は、確かにあった。
(……こいつを使う気はなかったんだがな)
ラウラは、懐に手を伸ばす。
取り出したのはソーイングセット。
チャックを開いて、中身を物色していく。
「……」
ラウラが手に取ったのは、裁ちばさみ。
全長は約20センチほど。携帯性に優れた代物。
本来の用途は、糸や布地を切り取るために使われる。
携帯用のため、大きな布を裁断するのには適さない刃渡り。
「まさかとは思うけどさぁ……それで、戦う気だったりする?」
馬鹿にするように、霊体アルカナは首を傾げている。
(まぁ、この反応も、無理ねぇわな)
こいつは聖遺物でも邪遺物でもねぇ。
一般家庭に普及する、ただの裁ちばさみだ。
戦闘仕様でもねぇし、特別な素材も使われてねぇ。
舐められて当然。ある意味では、想定通りの反応だった。
「御託はいいから、さっさと来いよ。ひよってんのか?」
ラウラは、裁ちばさみを左手で握り、挑発する。
その間に、ソーイングセットを懐にしまっていった。
「あぁ、はいはい。それもそうだね……っ!」
霊体アルカナは杖の先を向け、語る。
その先端は青い輝きを見せ、放たれる。
迫ってくるのは、三発の青い球弾だった。
(わざと出力を落とした攻撃で、能力を使わせたら、儲けものか)
今までの魔術の規模を考えると、お試しコース。
軌道変化も、性質変化もない、低燃費の通常攻撃だ。
これで相手の能力を探れるのなら、お釣りが返ってくる。
まともに食らったところで、大した威力はねぇ攻撃のはずだ。
(ご期待のところ悪いが、手札を晒しても、なんの問題もねぇんだよな)
迫る青い球弾の軌道を見て、ラウラは思考する。
狙いは胴体。体に接触するまで、あと0.5秒程度。
握る裁ちばさみにセンスを込め、刃の先を開いた。
「切り取り」
接触する前に、ラウラは青い球弾を裁断する。
裁ちばさみで両断し、迫る脅威を目の前から排除する。
これで能力は半分。ただ相手は中身に察しがついているはずだ。
「……なるほどねぇ。君が自信を持つ意味が分かったよ」
霊体アルカナは察し、次弾を放とうとしている。
この後の展開に備えて、反撃を用意してるってとこだな。
(お察しの通り、こいつは万能。裁断できると思えるものなら、なんでもやれる)
ラウラは考えつつ、右手を向け、頭に浮かんだ語句を言い放った。
「&貼り付けっ!!」
右手から放たれたのは、青い球弾。
裁断したアルカナが放った瓜二つの弾。
「――」
アルカナも即座に反撃し、衝突。
同じ性質を持つ物同士、対消滅を果たす。
「便利な能力だねぇ。一家に一台欲しいぐらいだよ」
ラウラの能力、『切り取り&貼り付け』。
裁ちばさみで能力を裁断、再利用を可能とする。
ネタばらししたところで、損がない万能な能力だった。
「悪いが、僕は物じゃねぇんでな。家庭科の前に、道徳から教えてやんよ!」
ラウラは、手札を晒した上で、駆けた。
手助けを期待できない、格上との一対一の勝負。
昔なら震えが止まらなかったが、今は何も感じなかった。




