第38話 街路王
独創世界。街路王。
武道家が放つ芸術系の秘奥。
心象風景の具現化。唯一無二の世界。
舞台は、フランスのパリ市内にある、凱旋門。
巨大な石造りのアーチで、交差点の中心にそびえ立つ。
仮想の月に照らされ、人気のない凱旋門の前に立つのは、二人。
「独創世界の使い手……。お前は、ベクター・フォン・アーサーっ!」
状況を半分ぐらい理解し、サーラは声を荒げた。
同じ技が使われたのを、一度、この目で見ている。
武道家の正体は、ほぼ間違いなく第三王子ベクター。
さっきの戦いで、独創世界の能力の条件が満たされた。
それによる、強制移動。独創世界の中に閉じ込められた。
「……改めて、手合わせ願う。……エリーゼ・フォン・アーサー」
武道家は右拳と左の手のひらを合わせ、一礼。
肯定とも言える反応を見せながら、両拳を構える。
すると、両者の頭上には二本のゲージが出現していた。
エリーゼ
体力『□□□□□□□□□□』
必殺『■』
霊体ベクター
体力『□□□□□□□□□□』
必殺『■』
当然、サーラの視線は、現れたゲージに吸い寄せられる。
ゲームじみたシンプルな表記。説明されずともルールが分かる。
(正体はベクターで確定……。この場は、体力を0にした方の勝ちと……)
互いの頭上を眺めつつ、ほぼ全ての状況を把握。
勝敗がつかないと現実に戻れない、シンプルな仕様。
(必殺ってのがよく分かんないけど、巻き込まれた以上、やるっきゃない!)
残る疑問は、必殺。
だけど、考える暇はない。
後は、戦いながら考えればいい。
そう思いながら、サーラは前を向いた。
「……っ!?」
迫っていたのは、正拳突き。
気付けば、目の前に武道家がいた。
腹部に向けて、容赦なく拳が振るわれる。
センスを纏った様子はなく、生身の一撃に近い。
(防御……。いや、ここは、あえて……)
サーラは思考を重ね、身構える。
恐らく、アレは、挨拶代わりの一発。
加減をして、反応を見定めるためのもの。
全身をセンスで覆えば、致命傷にはならない。
「――」
そう判断し、サーラは正拳を素通りさせた。
相手が探りなら、こっちも探りを入れるまで。
敵の力量とルールの把握。この一撃で見定める。
恐らくこれで、ゲージの役割と増減が掴めるはず。
「……」
武道家は、無表情で拳を迫らせた。
拳が腹部に到達するまで、ほんの数ミリ。
すんなり受ければいい。感触を確かめればいい。
ただ、妙な違和感があった。ほんのりと漂う死の気配。
(いや、違う……。お腹を集中防御……っ!! じゃないとっ!!!)
直感。と言えば聞こえは悪いけど、こっちは感覚系。
それで飯を食ってる。その感覚に従い、腹に意思を込める。
白っぽい光が集まり、迫る生身の拳に対し、一点集中で防御した。
「……あぐっ!!!!」
正拳は腹部の中心を捉え、衝撃が走った。
センスと筋肉を貫き、骨にまで振動が伝わる。
加えて、内臓が圧迫されるような感覚さえあった。
直後、スパンと音を立てて、サーラの体は吹っ飛んだ。
生身の拳とは、到底思えない一撃。あり得ないぐらい重い。
「……直感か。……運がいい」
武道家は、涼しい顔をして、拳を振り抜く。
そのほんの一瞬。膨大なセンスが拳を覆っていた。
センスの緩急。インパクトの瞬間にセンスを集中させた。
それを気取られないように、ギリギリまで、気配を断っていた。
独創世界に来る前、拳にセンスを集めていたのも、油断させるブラフ。
全力で打ってくる時は、拳にセンスを集中させると、思い込ませるための罠。
(っざけんなっ!! 山張ってなかったら、今頃……っ!!!)
吹き飛ばされながら、サーラは武道家の技前を理解する。
戦闘に特化したスタイル。武道で人を殺すために磨かれた手法。
腹部にセンスを集めていなければ、今の一撃で戦闘不能になっていた。
エリーゼ
体力『□□□』
必殺『■』
霊体ベクター
体力『□□□□□□□□□□』
必殺『■■■■■■■■■■』MAX
そこで、表示されるのは、ダメージが反映されたゲージ。
今の一撃で七割が吹っ飛んだ計算。それも相手は必殺満タン。
恐らく、相手に与えたダメージにより、必殺技が強化される仕様。
条件達成型なら、必殺技の威力は元来の数倍になると考えていいはず。
(あー、この世界……。クソゲー過ぎるんですけどっ!!!)
敵の力量とルールを把握した上で、サーラは心の内で叫ぶ。
目の前に広がるのは、圧倒的に不利な状況と敵に有利な土俵。
この無理難題をどうにか攻略してやらないと、未来はなかった。




