第36話 魔術師の正体
分霊室。第三回廊区。怪異の城、最上階。
中央に棺桶が置かれ、それ以外の家具はない。
十二角形の空間で、それぞれの角には窓があった。
赤いカーテンで閉じられる中、一つの窓が開いている。
揺らめくカーテンと窓を背に立ってるのは、予期せぬ人物。
窓の外に見える月に照らされて、その姿は明るみになっている。
「やあ。遅かったねぇ。待ちくたびれたよ、過去の僕」
背丈は129cmほど。青と黒のローブ服に、木彫りの両手杖。
両目には黒縁の眼鏡をかけ、目を細めながら、一行を見る存在。
アルカナ・フォン・アーサーと瓜二つの存在がそこには立っていた。
「未来の、僕……? どういう原理で……。いや、一体、何しにここへ……」
広島に抱えられるアルカナは、真っ先に反応する。
守護霊の喪失。吸血鬼の瞬殺。過去に干渉できる能力の詳細。
今はそんなのどうでもいい。それよりも気になるのは、彼の目的だった。
「別に来たくて来たわけじゃないさ。願わくば、眠っていたかったよぉ」
すると、もう一人のアルカナは、曖昧な回答をする。
助けにきたのか、襲いにきたのか。どちらとも取れる反応。
(召喚術? 交霊術? 誰かに呼ばれた? 分かんないことだらけだなぁ)
会話の節々から、情報を読み取ろうとする。
分かったのは、主導的な目的はないってことだけ。
いや、バックにとんでもない能力者がいるって感じかな。
吸血鬼に敗北したショックを忘れ、興味関心は彼に移っていた。
「未来人……。誰の差し金っすか?」
次に反応を示したのは、メリッサだった。
いつもの飄々とした様子はなく、声色は暗い。
目つきは鋭く、親の仇を見るような顔をしていた。
(一人だけ食いつきが違う。何か心当たりでもあるのかな?)
真っ当な疑問だったけど、その態度が引っかかる。
反応が早かったのもそうだけど、何か知ってそうだった。
「えーっと、その縛りはないし、言ってもいいか。僕らの先祖であり、魔術の開祖であり、イギリス王室の始祖。初代マーリン王だよ。僕は、君たちをいじめるように命令を受けて、それに従ってるまでさ。従わないと消えちゃうからねぇ」
もう一人のアルカナの説明で、全容が見えてきた。
瓜二つの彼は、マーリン王の魔術に呼ばれた霊体だ。
縛りは、王子をいじめてこい。ってところが妥当かな。
その縛りを破れば、霊体は消える。そういう魔術のはず。
(魔術の規模も、精度も、縛りのかけ方も、何もかもが違う……)
同じ魔術師として、その内容に嫉妬してしまう。
似て非なるものだけど、目指しているものは近い。
だからこそ、理解できる。嫌でも、痛感してしまう。
(結局、僕は、初代王が敷いたレールをゆっくり歩んでるだけかぁ……)
実力不足。魔術師としての格が違う。
百年かけても追いつける気がしなかった。
「矛盾してねぇか……? いじめたいなら、放置すべきだったろ」
自信を失いかけていると、ラウラは矛盾点を指摘する。
確かに、さっきの吸血鬼を放置すれば、全滅もあり得た。
助けることは、むしろ、いじめとは正反対の行動に思える。
「あー、分かってないなぁ。さっきのやつは、理性がない。理性がなければ、いじめる知能もない。知能がないから、最初から全力で殺そうとする。それって、いじめ? 違うよねぇ。いじめるなら、もっといい方法があるよねぇ?」
霊体アルカナは聞かれた質問に答える。
雲行きが怪しくなっていくのを肌で感じる。
素直に答えてくれたことで、思惑が見えてくる。
(あぁ……最悪だぁ……。彼は味方でもなんでもない……)
次第に、血の気が引いていく。
この後の展開を考えれば、想像がつく。
「……力の加減をわきまえた、圧倒的強者。全員、構えろ、来るぞ!!」
起き上がり、号令をかけるのは、ミネルバ。
折れたメンタルを立て直し、王霊守護符を持つ。
周りの侍従は命令に従って、臨戦態勢に入っていく。
「さすがは、姉さんだ。たーっぷり、可愛がってあげるからねぇ」
期待通りの反応だったのか、霊体アルカナは杖を構え、言う。
八対一の有利な構図。それなのに、有利に思えない戦いが始まった。




