第35話 霊体リーチェとの激闘
第二森林区。南西に位置する場所。
ルーカスが興じるのは、命懸けの組手遊び。
相手はかつての主の霊体。目の上のたんこぶ的存在。
黒のニット帽、白のハイネックインナー、黒のロングコート。
七分丈の紺のジーンズを履き、長い銀髪で、尖った耳に、黄金色の瞳。
(見てろ、あの澄ました顔に一発食らわせてやる……っ)
目の前にぽつんと立つ少女の霊に、ルーカスは内心で憤る。
互いの勝利条件は顔面に一発当てること。それで決着がつく。
殺し合う前提じゃねぇ。でも、だからこそ、負けられねぇんだ。
「超電導疾駆――」
ルーカスは左の義足に、意思の力を込める。
薄っすらと青色のセンスが集まり、発光していく。
義足の能力は、反発と吸引。イメージ次第で応用が効く。
「言っとくけど、同じ技は通用しないよ」
霊体リーチェは、義足を見つつ、警告する。
直線加速は何度か試したが、余裕で対応された。
今まで通りじゃ駄目なんだ。変化しないと勝てねぇ。
(……んなことは、言われなくても分かってるよ)
相手の実力が100とすれば、こっちは7程度。
この場にいる誰よりも現実を見ている自信があった。
「絶空」
その上でルーカスは、同じ技をあえて重ねる。
義足を反発させて、その勢いで、飛び蹴りを放つ。
初速は速く、威力は高いが、動きを読まれやすい一撃。
「またそれ? 何度やっても同じだって……」
対し、霊体リーチェは、ご機嫌斜めの様子。
すかさず、くるりと左足を軸にして、その場で回転。
飛び蹴りが通過する地点を予想し、反撃を行おうとしていた。
(目には目を、蹴りには蹴りを、ってか。これで決める気だな)
飛翔するルーカスは、冷静に状況を分析する。
これまで霊体リーチェは、回避を優先していた。
恐らく、主の命令通り、組手で侵入者と遊ぶため。
だから、『同じ技は通用しない』と、忠告してきた。
忠告を破った今は遊びじゃなく、ガチ。回避はしねぇ。
(ベクターが残した考察。ありがたく使わせてもらうぜ)
この戦いは実質、ベクターとの二人一組。
千年間のバディで培った経験を活かせる状況。
ポテンシャルを遺憾なく発揮できる、最高の現場。
相方の情報を元に攻略するのは、得意中の得意だった。
「――」
その間にも、体は霊体リーチェに迫り、カウンターが放たれた。
顔面狙いの回し上段蹴り。必殺でもなんでもない、ただの通常技だ。
だが、回転が乗ってる。威力はマシマシ。想像以上の火力を秘めている。
下手に受ければ死ぬが、下手に受けるわけがない。そんな信頼が乗った一撃。
(期待には応えなきゃ、なんねぇよな……)
その間にも、回し蹴りが肉薄し、顔面の数ミリ先に迫る。
見事なまでのカウンター。一寸の狂いもなく、ドンピシャ。
このままいけば、顔面は粉砕。脳は欠損して、お先真っ暗だ。
(さて、そろそろやるか)
それなのに、心は妙に落ち着いていた。
できるかできないかは、対して問題じゃねぇ。
やるかやらないか。問題は、たったそれだけなんだ。
「中断」
ルーカスは、義足に意思の力を送る。
すると、体は地面に引き寄せられ、着地。
霊体リーチェの回し蹴りは、空を切っている。
行ったのは、〝幻想の左足〟に備わる能力、吸引。
そこだけ切り取れば、単発の技。なんの奥行きもねぇ。
やったのは、読まれやすい反発をオトリにした、合わせ技。
つまるところ、必殺技のキャンセル。それにより、追撃が可能。
(軸足が弱点、だったな)
回転するものには必ず、回転軸が存在する。
そこを狙えば、回転の法則が崩れ、無力化する。
どれだけ強靭なセンスを纏っていようと、関係ない。
ここまでがベクターの理論。後は、実践してやるだけだ。
「――」
地面に着地するルーカスは、義足で足払いを放つ。
狙いは当然、回転の弱点。霊体リーチェの軸足だった。
「読めないと思った?」
だが、敵もそこまで甘くない。
弱点の軸足で跳躍し、軌道を変化。
空中でさらに回転し、踵落としを放つ。
(……お嬢なら、そうくると思ったよ)
並みの読み合いでは、まず勝てない相手。
多少のフェイントに対応できないわけがない。
その実力を信頼していた。前もって予期していた。
「中断、【絶空】」
ルーカスが行ったのは、零距離加速。
必殺技キャンセル通常技キャンセル必殺技。
体は地面から反発し、踵落としに自ら突っ込んだ。
放つのは、後出しの飛び蹴り。左の義足を目一杯伸ばす。
(ここからは、速度勝負。先に足が届いた方が、勝つ……っ!!)
中断された分の速度が、体に乗っている。
それを肌で感じながら、短い飛翔を遂げる。
ここからは、お互いにフェイントは不可能だ。
時間的に間に合わねぇ。速さ比べの真っ向勝負。
「――」
にやりと笑う霊体リーチェの顔が見える。
余裕の笑みなのか、負けを悟った笑みなのか。
その意味合いは、結果で変わる。どちらにも転ぶ。
(回転は元々、欠点を補うためのものだったよな)
踵落としが迫る最中、ルーカスは思い起こす。
リーチェが意思の力と鎧化を習得し、しばらく経った頃。
『鎧がない状態だと、こんなに威力が落ちるとは思わなかった』
『だったら、逆手に取ればいい。なりが小さけりゃ、小回りも利くだろ』
そんなやり取りの末、生まれたのが『回転』。
体が小さいことを武器にした、唯一無二の必殺技。
メインの鎧と銃を隠れ蓑にした、奥の手の完成だった。
その集大成ともいえる踵落としが、目の前には迫っていた。
あれだけ速度が乗算された蹴りでも、不利。自爆に近しい状態。
(威力は誤魔化せても、本質は変わってねぇ。だから……っ!)
それでもルーカスは、己の選択を信じ、特攻を続ける。
中断する選択肢を頭から除外して、飛翔を続ける選択をする。
「「―――」」
そして、二人は衝突を果たす。
急降下と急上昇。空中攻撃と空対空。
踵落としと飛び蹴りが、空中で交差し合う。
(やっぱ、霊体でもお嬢はお嬢だったな……)
ルーカスは結果を、その目で観測する。
全力を尽くし、最善を尽くした行いの末路。
「……やるじゃん」
霊体リーチェは、対戦相手を誉め讃える。
踵を落とした先にいるルーカスを、賞賛する。
「大人をなめんなよ。万年、お子様が」
伸ばしたルーカスの足は、霊体リーチェの頬を捉える。
一方、霊体リーチェの足は顔に触れる寸前で止まっている。
勝敗を分けたのは大人と子供の体の違い。足のリーチ差だった。




