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Royal Road  作者: 木山碧人
第六章 イギリス

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第34話 玉鏡星

挿絵(By みてみん)





 第二森林区。中央北に位置する場所。


 暗い森に光が弾けて、視界が明るくなる。


 赤と緑の光。センスとセンスのぶつかり合い。


 パオロと武道家が密着で接触し、生じた光だった。


(今、何が起こったの……?)


 サーラは離れた場所で、それを見ていた。


 パオロが一瞬の隙をついて、乱打を浴びせた。


 ここまでは分かる。だけど、不可解な点があった。


 武道家が放った拳が、なぜか外側に逸れていったんだ。


(わざと空振るわけがない。パオロが能力を使った……?)


 サーラは今一度、二人の様子を観察する。


 武術は専門外だけど、センスの知識はある。


 能力起因なら、何らかの変化が発生するはず。


「ふぅぅ……」


「くっ……はぁっ、はぁ……」


 すると、二人の間にはすでに変化が起こっていた。


 息を整えるパオロに対して、武道家は息を切らしている。


 明らかに不自然だった。今の攻防で疲れるほどの相手じゃない。


(体調が入れ替わった? いや、それだけじゃないような……)


 さっきまでは、パオロが息を切らしていた。


 今はその逆。武道家に息切れが移ったイメージ。


 その上、直線に放った拳を空振りさせるような何か。


「……合わせ鏡。……認識の入れ替えか」


 武道家は、目を眇め、能力を考察する。


 事前知識はないし、見ていた内容は同じはず。


 それなのに、解像度が違う。行き着く答えが異なる。


「よく分かったな。鏡は方向感覚を狂わせ、深いトランス状態になった場合、自己をも認識できなくなる。合わせ鏡の部屋で『お前は誰だ』と連呼し続ければ、自我が崩壊する実験と似た原理だな。……つまり、()()()()()()()()()()()


 パオロはサラッと能力を認め、ハッキリする。


(これが、実戦経験の差か……)

 

 あの武道家との違いは、それ以外に思い浮かばない。


 相手の能力を考察できるほどの、場数が足りてないんだ。


(このまま見ているだけは、なんか……やだな)


 最初はとどめを刺すだけなら、楽でいいと思ってた。


 労力を使わず、成果を上げることが理想だと感じてた。


 いいとこどりして、守護霊を育てるのは効率が良かった。


 だけど、この戦いを通して、一つだけ分かったことがある。


 楽は、惨めだ。本人は全く成長しないし、思考力が育たない。


 このまま、おんぶにだっこが続けば、きっと、ダメ人間になる。


(はぁ……。めんどいけど、本気でやってみようかな)


 武道家との実力差が、サーラの闘争心に火をつける。


 気付けば、相手の隙をうかがい、戦闘態勢に入っていた。


 ◇◇◇


 肉体がない霊体にも、肺は存在する。


 呼吸を必要とし、息を止めれば死に至る。


 理由は恐らく、霊体に魂を留めるための処置。


 人間の機能に欠落があれば、自我を保てなくなる。


 そのため、仮想の臓器が霊体には備わっているとみる。

 

(……人の形に縛られるがゆえの苦難。……厄介、極まりない)


 武道家は、考えをまとめ、状況を理解する。

 

 呼吸は荒くなる一方で、体の動き方がおかしい。


 上下左右の感覚が狂ってる。思った通りに動かない。


(……ただ、入れ替えの能力がどこまで適用されるのか、見物ではあるな)


 武道家は、それすらも楽しむ。


 死後の余興として、存分に味わう。


 苦難を通し、戦いの中で生を実感する。


 揺るがない信念。揺るがない成長への渇望。


(……まずは礼を返す。……壊れてくれるなよ)


 武道家は、体に纏う赤いセンスを右拳の一点に集めた。


 炎のように揺らめき、拳に纏っている光が膨張していく。


 本来、体に満遍なくセンスを覆い、攻防のバランスを取る。 


 拳一点に集めた場合、威力は増すが、体の守りが手薄になる。


 そのため、相手に致命的な隙が生じた場合に使うのが、ベスト。


 それ以外は捨て身。今の状態で、先の連撃を受ければ、祓われる。


「ここは僕の土俵だ。いいのか、そんなにサービスをくれて」


 当然、相手はその状態に気付いている。


 加えて、息が切れ、方向の認知障害がある。


 不利な上に、不利を重ねた。この反応が正常だ。


「……さらにハンデが、必要か? ……よほど、武術に自信がないと見える」


 荒い呼吸を整え、武道家は相手を煽り立てていく。


 すると、彼は眉間に皺を寄せ、額に青筋を浮かべる。


 不快そうな感情が、面白いぐらいに態度に現れていた。


「あぁ……心配してやって、損した。後で文句を言ってくれるなよ!」


 すかさず、相手は駆け、迫る。


 狙いは、螳螂手による崩しと攻め。


 もしくは、他の技を使う可能性がある。


 しかも、相手は認知障害に苦じゃない様子。


 動きの条件は同じでも、明らかに手慣れていた。


(……正面からの一騎打ちは望むところ)


 待ちわびていた展開に、心が躍る。


 待ち望んでいた余生に、血が沸き立つ。


七星螳螂拳しちせいとうろうけん――」


 敵は正面。一足一刀の間合い。


 相手は構え、技を繰り出そうとする。


(……このまま、打ち合ってもいいが)


 ようやく、体が変化に慣れてきた。


 拳を振るえば、最低限の形にはなる。


 相打ち以上に持ち込める自信はあった。


『仕方ない……。子供たちをいじめて、暇でも潰そうか……』

 

 そこで頭によぎったのは、主の命令。


 初代王の子供たち。イギリス王室の血族。

 

 自然と体が反応する。優先順位が変更される。


 初代王の血が、より濃い方に、標的が移り変わる。


「――」


 武道家は、踵を返し、敵に背中を向けた。


 そして、地面を蹴り、明後日の方向へと走る。


「色触是、くぅ……っ!?」


 そこには、第五王子エリーゼがいた。


 右手を掲げ、技を放とうとしていた寸前。


 背後から、こちらの不意を突こうとした様子。


 しかし、技は不発に終わって、ほぼ無防備の状態。


(……曲がりなりにも王位継承権者なら、耐えてみせろ)


 武道家は、一切の手心を加えない。


 惜しみなく、なんの忖度もいらない。


 右拳に集めた全センスを、振りかぶり。


「――ッ!!!」


 放たれたのは、防御を捨てた、捨て身の一撃。


 赤く揺らめく武道家の拳は、エリーゼの懐へと迫った。


 ◇◇◇


 真っすぐ、一直線に迫るのは右拳。


 それもただの拳じゃない。武道家の全力。


 そう確信できてしまうほどの、圧倒的なセンス。


 技でも何でもないのに、とんでもない圧を放っていた。


(バレてた……。寸前まで気配を断ってたのに、なんで……っ!!)


 拳が迫る中、サーラはパニック状態に陥っていた。


 目の前の問題より、起こった出来事の回答を求めている。


(あぁ、違う。そんなこと考えてる場合じゃない。どうにかしないと!!)


 すぐに考えを改め、意識を切り替える。


 その間にも拳は、急速に懐へと迫っていた。


(受ける……受けるしかないよね……。守るなら、お腹しかないよね……)


 誰かが答えてくれるわけもなく、自問自答を重ねる。


 攻めの一点集中攻撃には、守りの一点集中防御が効果的。


 防御する範囲を絞り、上手くハマれば、致命傷は避けられる。


(いや、無理無理無理。量が桁違い過ぎる……。守っても、潰される……!!)


 ただそれは、センスが同程度の場合、有効な防御手段。


 近くで見れば見るほど、膨大なセンスを前に、諦めが先にくる。


(じゃあ、どうすんの……。諦めて、死ぬ……? いや、それも無理だから……)


 パニックになりながらも頭を回し、考え続ける。


 起死回生の策。ここから逆転できる、切り札の存在。


(あー、探れるほど記憶ないんだった。ってか、なんでこんなゆっくり?)


 サーラは、時間の矛盾に気付く。


 本来なら殴られてもおかしくない間。


 それなのに、拳がゆっくりに見えている。


 体験したことのない感覚に、戸惑いを覚えた。


(なるほど……。これが、走馬灯ってやつか。貴重な体験かも)


 戸惑いの先に、サーラは悟りを覚える。


 状況を受け入れ、何もかも投げ捨てたくなる。


(いや、待て待て。まだ頑張れるから。まだ死んでないから。まだ生きたいから!)

 

 それでも、理性が働いて、必死で自分を奮い立たせる。


 死に物狂いで、戦いたい理由。それが頭の中でひっかかる。


(うーん、でも、なんで生きたいんだっけ。世界一のお金持ちになりたい。それが動機だったと思うけど、あれは記憶を失う前のわたしの引き継ぎだし、心からやりたいことじゃない。継承戦も成り行きだし、自分で望んだことじゃない)


 思考は加速し、サーラは生きる動機を考える。


 本来なら、考えられる余地のない時間に考え続ける。


(……そっか。わたしって、そうだったんだ)

 

 そこで思い至るのは、本当に自分がやりたいこと。


 追い込まれなければ、思いつきもしなかった動機の言語化。


(じゃあ、仕方ない。思いついたなら、やるしかない)


 サーラの意識は、ようやく、懐まで迫っている拳に向く。

 

 不思議と危機感はなかった。むしろ、心地いい感覚だけがあった。


(前のわたしならなんとかする。……今のわたしにできない道理はないっ!!)


 思いの力は、センスの根源。


 思いが強いほど、強さは増す。


 土壇場で掴んだ、センスの核心。


 それを、乗せる。一点に集約する。


 防御にではなく、攻撃に意識を割く。


「――発勁山破!!」


 存在しない記憶から、サーラは呼び寄せる。


 自身の経験から導き出された、最適解を掴み取る。


 全身全霊のセンスを乗せ、放つのは、両手を使った掌底。


 どういう経緯で習得したかは、不明。だけど、知る必要もない。


(八方の極遠に達する威力で敵の門を打ち開く。それが、八極拳……っ!)


 八極拳。中国拳法の中でも、至近距離で戦うことを目的にした流派。


 接近短打を主軸するため、中遠距離では劣る。が、至近距離の威力は絶大。


 有効射程においては、例え、銃や剣を相手にしようとも遅れを取ることはない。


「「……っ!!!!」」


 衝撃。赤と白のセンスの塊が、空中で衝突し合う。


 手応えは五分。勝るとも劣らない、拳と掌底の勝負。


 気を抜けばすぐに押し返される。そんな気配があった。


 生半可な武術では勝てない。そんな迷いと不安もあった。


 だけど、サーラが纏っている白い光がその愚行を許さない。


「吹っ飛べぇぇぇっ!! 生臭坊主っ!!!」


 サーラは叫び、掌底を押しつける。


 悪口混じりに、思いの丈をぶつけてやる。


 すると、力の均衡は崩れ、押し勝ち、吹き飛ばす。


(うっし!!! してやったり!!!!)


 坊主頭がしてやられた姿を目視で確認し、サーラは勝ちを確信する。


 ここから負ける展開なんてありえないと、たかをくくって、悦に浸る。


「……独創世界【街路王(ストリートキング)】」


 そこで、聞こえてきたのは、覚えのあるワード。


 一度、この目で確認した、芸術系における最高峰の技。


(世界の構築……。この技を使えるのは……っ!!)


 サーラは、武道家の正体を確信する。


 その次の瞬間には、体は世界から消えていた。

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