第31話 怪異の城③
怪異の城。最上階。国章扉前、廊下。
窓のない廊下にある、ろうそくの灯が揺れる。
語られたのは、王室の先祖。純血異世界人の三つの説。
エルフの一族。退魔の一族。そして、魔族とその詳細について。
「じゃあ、奥にいる敵は、先祖が使役するペットってわけか……?」
ラウラは詳細を聞いた上で、状況を察する。
魔族は魔を使役する者。怪異や魔物を操れる。
だとすれば、敵の背景は、自ずと予想がついた。
「恐らくな。先祖を魔族と断定するなら『眷属』という表現が正しいが」
ミネルバは肯定した上で、内容を一部修正する。
呼び方はなんでもいいが、王室の思惑が見えてきた。
怪異にしろ、眷属にしろ、使役するためには調伏は必須。
戦って、相手に力を示すことで、協力を得られるのが一般的。
(あぁ……。継承戦って、そういうことかよ……)
継承戦の真の目的は、先祖が実力で使役していた眷属との力比べ。
その程度の相手に負けるような雑魚王子を、口減らしするための儀式。
ひいては、眷属を継承できる実力があるか。それを、見極めるための試験。
「王位にふさわしいのは、王じゃなく、魔王ってか……。笑えねぇ……」
ラウラは、今までの意見をまとめ、結論を出す。
確証はないが、現時点では一番可能性の高い説だった。
「その認識で合ってると思うよ。真実は初代に聞かないと分からないけどねぇ」
当事者の一人であるアルカナが同意し、信憑性が高まる。
この様子だと、現国王からは何も聞かされてねぇみたいだな。
継承戦をフェアに行うために、事前には知らせないっつう形式か。
(きな臭ぇ……。感覚的には、もう一波乱あるって感じだな……)
説は十分理解できたし、詳細も見えてきた。
ただ、スッキリしたような感じは一切なかった。
むしろ、引っかかる。別の陰謀が渦巻いてる印象だ。
それを全員が感じ取っているのか、場には静寂が訪れる。
「はい、議論終了っす。……奥の相手を倒す。今はそれだけ考えるっすよ」
そこで響いたのは、パンと手を叩いた音と、メリッサの声。
絶妙なタイミングで入れ込んだことで、嫌な空気は払拭された。
(まぁ、深く考え込んでも、仕方ねぇか)
その言葉に全員が前を向き、現時点での目標は一つに絞られる。
メリッサに仕切られるのは癪だが、士気が上がるならなんでもいい。
「その通りだな。気を引き締めて、勝つぞ!」
「ついて来れないなら、置いていくからねぇ」
ミネルバとアルカナは声を張り、扉に手をかけた。
◇◇◇
二人の王子と一行は決意を固め、城の終点に迫る。
重々しい扉を開いた先には、一つの棺桶が置かれていた。
棺桶の蓋はすでに開かれていて、ただならぬ気配が漂っている。
室内は暗く、部屋の構造を把握するのも、敵を探るのも目視では困難。
「……来る」
「いるねぇ」
ただ二人の王子は感覚的に気付き、構える。
ミネルバは大剣。アルカナは王霊守護符を持つ。
終点を察し、事前に部屋ごとに交代する縛りは解除。
ここにきて、両陣営で初の共闘が行われようとしていた。
「そこ……っ!」
「召喚……っ!」
二人は振り返り、背後を攻撃する。
大剣が空を薙ぎ、赤鳥が風を巻き起こす。
両陣営の侍従たちは察知していて、左右に回避。
全員がセンスを纏って、部屋が明るく照らされていく。
「――」
見えたのは、黒いマントを羽織る男。
髪は白でオールバック。背は190cm程度。
犬歯は鋭利に尖り、紫色の肌が特徴の化け物。
怪異の王。吸血鬼。終点を飾るには遜色ない相手。
二人の狙いは、正しかった。適切な先手を打っていた。
「「……っ!!?」」
しかし、大剣は右手で折られ、赤鳥は左手で握りつぶされる。
一瞬にして、互いの得物を破壊できるほどの力を発揮していた。
しかも、能力を行使していない。単純なフィジカルで起きた現象。
((レベルが違う……))
ミネルバとアルカナは、同時に悟る。
直に接したからこそ理解できてしまう。
圧倒的なまでの実力差がそこにはあった。
「――」
男は不気味な笑みを浮かべ、臨戦態勢に入る。
このままでは全滅する。室内の全員が感じていた。
「おいミネルバ、指示を出せ!!!」
ラウラは声を上げ、要求する。
両陣営の指揮権は、王子が有する。
一度は、命令を催促する決まりだった。
「あ、あぁ……」
「ぼ、僕の、守護霊がぁ……」
しかし、二人の王子は心が折れてしまっている。
頼りにしていた得物を一瞬で葬られ、戦意を喪失している。
「腰抜けが! 二人を救うぞ!!」
ラウラは思考を切り替え、指示を飛ばす。
同時に侍従たちは王子の方に向かい、駆けた。
「――――」
その間にも、吸血鬼は指先を伸ばし、突くように両手を迫らせる。
狙いは、両王子の胸元。無防備な人間なら、容易く貫ける威力を誇る。
(ちっ……。間に合わねぇ……)
ラウラは全力で地面を駆けるも、物理的な距離が遠い。
このままでは殺される。王位継承戦どころではなくなる。
接敵してたった数秒で、両陣営全滅の危機に直面していた。
(どうする……。王子は諦めて、次の手を打つか……)
冷たい思考が、ラウラの頭に満ちていく。
打算的で、人情味の欠片もない短絡的な考え。
ただそれが、一番現実的であり効率的でもあった。
「……っ」
ラウラは歯を食い縛り、懐に手を伸ばす。
他の侍従は諦めないのに対し、足を止めていた。
(あぁ……これで合ってんのか分かんねぇ……っ!!)
自己嫌悪しながら、ラウラは懐から青色の蛇を取り出す。
聖遺物。人の魂が宿り、異能の力を秘めた意思を持つ物質。
能力を引き出すには詠唱が必要。助けてからだと後手に回る。
そう判断した上での行動。現場を一番に考えた、合理的な選択。
「邪を以て邪を禁じ、毒を以て毒を制し――」
ラウラは、聖遺物の起動詠唱を始める。
自分の選択を信じながら、王子を見捨てる。
(すまねぇ……。この過ちは、勝って償う……っ!)
罪悪感を覚えながら、ラウラは次の語句に集中した。
「……ッッッ!!!??」
瞬間、バリンという音が鳴り、吸血鬼は青い炎に包まれる。
両手で頭を抱えて悶え苦しんでいて、王子への攻撃は止まった。
(あ……? 何が起こった?)
ラウラは詠唱を止め、辺りを見渡す。
ダヴィデと広島が二人の王子を救出する。
アミ、ソフィア、メリッサは臨戦態勢に入る。
視線は吸血鬼ではなく、その奥側に注がれていた。
「……破邪顕正」
直後、苦しむ吸血鬼の背後から聞こえてきたのは、短文詠唱。
突如として、宙には無数の白い十字架が出現。吸血鬼に降り注ぐ。
無慈悲なる光の鉄槌が、再生する皮膚を焼き、穢れた魂を浄化させる。
「――――――ァァァァァアアアア……ッ!!!」
怪異らしい断末魔を上げ、吸血鬼は消滅。
王子連合はあっけにとられ、呆然としていた。
(なんだ、これ……。どうなってやがるんだ……)
息のつく暇もない、怒涛の展開。
ラウラは確かに度肝を抜かれていた。
他の侍従も驚きを隠せず、停止していた。
ただすぐに全員が、光を上回る異常に気付く。
「やあ。遅かったねぇ。待ちくたびれたよ、過去の僕」
背丈は129cmほど。青と黒のローブ服に、木彫りの両手杖。
両目には黒縁の眼鏡をかけ、目を細めながら、一行を見る存在。
アルカナ・フォン・アーサーと瓜二つの存在がそこには立っていた。




