第27話 確執
ザッと、土を踏みしめる足音が聞こえる。
木のてっぺん付近から降りてきたのは、二人。
第三王子ベクターと、霊体化したリーチェだった。
互いに負傷した様子はなかったが、手は止まっている。
(終わった……のか? どうなったんだ)
ルーカスは木の枝を回避し、様子をうかがっていた。
回避を優先したせいで、接敵した瞬間は見られなかった。
ただ、二人の決着がついた。状況的にそんな気がしてならねぇ。
「参った……。俺の完敗だ……」
ベクターは、両手を上げ、降参の意を示す。
どうやら、お嬢の方が一枚上手だったみてぇだ。
やる気はあった。口も達者だったが、負けちまった。
(蛙の子は蛙。結局、凡人がいくら努力しても、天才には敵わねぇよな……)
ベクターの口車に乗せられて、勝負に参加した。
お嬢と戦うことを決めた。二人なら勝てる気がした。
だけど、結局は、このザマ。下馬評通りの妥当な結果だ。
何の意味もねぇ。やっぱり、挑むだけ時間の無駄だったんだ。
「……だから、諦めるの?」
突如、背後から声が聞こえてくる。
聞き馴染んだ、リーチェの声だった。
「――っ!!」
反射的にその場でしゃがみ、回避を選択する。
すると、ブンという音が鳴る。蹴りを薙いだ音だ。
ただ、当たった感触はなかった。避けられたみてぇだ。
すぐさま、後方に倒立し、回転跳びをして、距離を取った。
(体が、勝手に……)
そんな思いとは裏腹に、足が動いた。
負けないための行動を自然と取っていた。
(どういうことだ。なんで、俺っちは……)
二対一の勝負。ベクターが負けてもまだ終わってねぇ。
まぐれでも、お嬢の顔面に一発入れられれば勝てる条件だ。
「認めた方がいいよ。私に勝ちたいんでしょ」
自分でも理解できない感情に、お嬢は答えを出してくる。
対して喋ってもいねぇのに、心を見抜かれてるみてぇだった。
(勝ちたい、か……。どうなんだろうな……)
合ってる気もするし、間違ってる気もする。
今までお嬢に対して、一度も勝ったことはねぇ。
いや、勝てる相手だと一度も思ったことはなかった。
勝ちたいよりも、勝たせたい、で頭が一杯だったからな。
ただ、体は避けた。敗北を拒んだ。それは紛れもない事実だ。
事実から考えれば、ドンピシャで当てはまってるような気もする。
(言われたから、はいそうです。ってのも、なんかちげぇよな)
一方で、それを認めたくない自分もいた。
考えを決めつけられたような気がしたからだ。
どうも気に食わねぇ。胸がモヤモヤしてきやがる。
(あぁ、うざってぇな……)
その感情が膨れ上がって、モヤモヤがムシャクシャに変わる。
気付けば、頭を手で引っかき、やがてイライラへと変わっていく。
そこでようやく、考えがまとまる感じがした。自分なりの答えが出た。
「なに偉ぶってんだ……。潰すぞ……」
ルーカスは、かつての主に明確な敵意を向ける。
勝ちたいとか負けたくないとか、そんなんじゃねぇ。
上から目線で、偉ぶられるのが、イライラしちまうんだ。
容姿や年齢は関係ねぇ。今までの戦歴や、過去も考慮にねぇ。
ムカツクからぶっ倒す。こいつと戦う動機は、それで十分だった。
「いいね、それ。負けたら考えてあげてもいいよ」
すると、霊体リーチェは笑みを浮かべ、言った。
上から目線で、感情を逆撫でするような回答だった。
(この野郎……。上等だ、一泡吹かせてやる……っ!)
胸の内で、静かなる闘志を燃やし、ルーカスは疾駆した。
◇◇◇
分霊室。第一商業区。その中心地。
ひび割れた十字路を闊歩する存在がいた。
「お足元に、お気を付けくださいませ」
ヒールを鳴らしながら、金髪のCAは語り出す。
片手には、ツアーガイドのように旗を持っていた。
旗には、ライオンと白い鎖に繋がれたユニコーンと盾。
イギリスの国章が縫われ、CAの背後には、人影があった。
「……」
長い銀髪に、尖った耳に、黒のロングコート。
金縁の眼鏡をかけ、白銀の瞳を両目に宿した少女。
その瞳は、崩れた門よりもはるか遠くを見つめている。
「あちらが第一商業区の名所。ライオンズゲートでございます」
CAは紹介するも、見るも無残な姿になっている。
名所とは程遠い存在。ただの無意味な物質の塊だった。
ただ、あれには眼中がない。鑑賞してもなんの意味もない。
「――」
業務に勤しむCAを横切り、少女は突き進む。
焦らず、急がず、狭い歩幅で歩みを進めていく。
「あの……名所の説明が、まだ……」
CAは心惜しいのか、手を伸ばしながら言った。
だけど、聞く気にはなれない。聞く時間が惜しい。
こんな淀んだ場所で、観光している暇なんてなかった。
「…………手短にしてよ」
ただ、少女は思い出したように足を止め、言った。
短気は損気。CAの能力を発動させるわけにはいかない。
焦る気持ちを抑え、説明が終わるのをじっと待つことにした。
更新時、門の前で足を止める描写はありませんでしたが、
更新後、修正した方がいいと気付き、門で足を止める描写を追加しました。




