第26話 回転と反転
回転。ある一点を軸に物体が回ること。
エンジン、タービン、発電機、天体、惑星。
これらは全て回転することでエネルギーを生む。
世界には必要不可欠な現象で、あらゆる応用が効く。
だから、能力として選んだ。思った以上に手に馴染んだ。
世界に不要な存在が、世界に必要とされてる気がしたからだ。
(……あぁ、反転に縛られないって、こんなに気が楽なんだ)
霊体リーチェは、黄金色の瞳を輝かせ、迫るベクターを見る。
彼女の両目にあるのは、反転の魔眼。その能力は、願いの反転。
無意識の願いすらも反転して叶え、悲劇を生み続けた諸悪の根源。
大罪伝世鏡と呼ばれる眼鏡をかけ、ようやく制御可能になったもの。
ただ、欠点を克服できた今となっては、眼鏡をかける必要はなかった。
(これが、夢のセカンドライフ……。楽しまなきゃ損かもね……っ!)
両指に挟んだ木の枝に、回転を加え、胸を躍らせる。
遠慮はいらない。殺したくない相手を殺す必要はない。
心の底から、このごっこ遊びを楽しんでやるだけだった。
◇◇◇
体は反発し、木の上に立つ霊体リーチェへ飛翔する。
直線距離は約十メートル。眼前には投擲された木の枝。
回転が加わり、威力は地面を容易に貫通するほどのもの。
恐らく、防御した体ごと貫く一撃。問題はここからだった。
(このままいけば体は蜂の巣……。だが、そこまで間抜けじゃない……)
ベクターは、右手首にある紺碧の腕輪に意識を向ける。
息を大きく吸って、腕輪にセンスを込め、準備を整える。
「――今だ、磁力で引き寄せろ!」
そう声を荒げた瞬間、ベクターの姿は消えた。
邪遺物〝神隠し〟。その真価が発揮される時だった。
◇◇◇
〝幻想の左足〟を使って、ベクターを反発させた。
一か八かの賭けだった。ただ、それでも上手くやった。
その次に言われたのが『磁力で引き寄せろ』。主語がない。
(誰を、どこに、どうやって……っ!!!)
その曖昧な指示を前に、ルーカスは混乱していた。
〝幻想に左足〟の能力で、物体を引き寄せるのは可能。
反発の時と逆のイメージを作れば、どうにかできるはずだ。
状況から考えれば、ベクターを引き寄せる他ないように思える。
だが、ベクターの姿は消えていた。消えたものはイメージできない。
対象を指定できなければ、自ずと、能力も発動できなくなるってわけだ。
(あぁ、よく分かんねぇが、つまり、こういうことか……?)
ルーカスは〝幻想の左足〟を、斜め上の方向。
木の上に立っている、霊体リーチェに向けていく。
「超電導疾駆――【地縛】」
すかさずルーカスは、頭に浮かんだ文言を叫ぶ。
本来なら何の意味もない行為。自己満足の領域だ。
さっきやれた反発みてぇに、感覚的な処理もできる。
ただ、名をつければ、意思の力の底上げが可能になる。
能力発動の確率を少しでも上げてやるための処置だった。
(待て……相手は霊体だ。引力が通用するのか?)
しかし、ふとそんなことを思う。
足があるように見えるが、相手は霊だ。
霊は重力や引力に縛られてるように思えねぇ。
むしろ、その逆。フワフワと空を飛べるイメージだ。
(まずった……。これじゃ能力は発動しねぇ……っ)
できると思ったらできる。
できないと思ったらできない。
意思の力における絶対的な法則だ。
今、その法則を自分から破りにいった。
このままいけば、技は不発に終わっちまう。
(あぁ、くそっ! じゃあ、せめて……っ!)
ルーカスは掲げた義足を傾け、狙いを変える。
「吸いつけ!」
駄目押しで、言霊を乗せ、対象を指定する。
対象は、霊体リーチェが回転を乗せた木の枝だ。
思惑通り、軌道が変わって、枝の先はこちらに向く。
(これで、本当に良かったのか……?)
正解か不正解か正直、分からねぇ。
攻撃に転じられるのは、避けてからだ。
加勢をしようにも、ワンテンポ遅れちまう。
不安な胸中のまま、ルーカスは回避に専念した。
◇◇◇
反発した体が、霊体リーチェに迫る。
邪魔な障害物は消え、接敵まで約二メートル。
「ふぅぅ……」
ベクターはゆっくりと息を吐き続けていた。
その姿は誰も見えない。感じることはできない。
邪遺物〝神隠し〟。能力は使用者の存在認知の不可。
そこにいて、そこにいない。霊より影が薄い存在になる。
縛りは、息を吐き続けている間のみの発動。時間制限つきだ。
当たり判定はあるが、認知できない存在に攻撃するのは至難の業。
(こいつを受けられることはあっても、避けられたことはない……)
数百に及ぶ戦闘経験の中では、必中。
〝神隠し〟中の拳は当たるまで気付けない。
勝利条件は、顔に一発入れること。自信はあった。
(女、子供でも、勝負では加減しない主義でな……っ!)
万が一を想定して、ベクターは渾身のセンスを右拳に集める。
使い切れば、残り一割。ほぼ空の状態で、継承戦に臨むことになる。
ただ、出し惜しんで負けるほど、間抜けじゃない。押し引きは、弁えてる。
「……」
接敵まで残り約一メートル。
息を吐き、拳を振りかぶり、待つ。
狙いは、腕を伸ばし、ギリギリ届く距離。
気付いても腕のリーチ差で対応できない間合い。
(ここだ……っ!)
やがて、その時はやってきた。
ベクターは腕を伸ばし、右拳を振るう。
完璧なタイミング。回避も対応もできない間合い。
霊体リーチェの頬に向け、吸い込まれるように拳は迫った。
「――」
しかし、拳はあっけなく空を切る。
霊体リーチェは首を逸らし、避けていた。
(対応しやがった……。だが、まだ攻撃は終わってない……)
相手が避けてくる可能性は、当然、頭にあった。
正面から能力を見たんだ。読まれる可能性は十分ある。
飛翔する速度は一定のはずだし、避けられたのは納得できる。
(こいつは、どうだ……)
ベクターは、空中を蹴り、後ろに下がる。
空中歩行。空中でセンスを固め、移動できる。
これでタイミングは外れる。カウンターは空振る。
その隙を狙う。数百に及ぶ戦闘の必中記録は破れない。
「惜しかったね。いいセンスしてたよ」
突如、耳元から聞こえたのは、少女の声。
(何が、起き――)
ベクターが気付いた頃には、すでに遅かった。
少女の優しい拳が頬を叩き、敗北条件が満たされた。




