第155話 エピローグ③
バッキンガム宮殿。幻想遊戯室。
そこには、六畳一間の空間が広がる。
ブラウン管と大量のカセットとゲーム機。
画面の発光だけが、辺りを淡く照らしている。
「……僕さ、次期国王に選ばれたんだぁ」
アルカナはコントローラーを握りながら、ぽつりと語る。
画面に映るのは、あの日と同じ、スパイ脱出ゲームだった。
閉じられた空間から、先に脱出するのを競い合う内容のもの。
「マーリン倒したの、お兄だもんね。妥当でしょ」
隣に座り、同じゲームをプレイするのはサーラ。
幼少期の記憶がないらしいけど、あの頃と変わってない。
強いて違う部分を挙げるなら、脱出の進行度が負けてるぐらいだ。
「うん。そうなんだけどさ……」
続く言葉が出てこない。言いたいけど、言えない。
『強い心を持った王になる』。その正反対の言葉になる。
一度口にしてしまっただけで、心が腐ってしまう気がした。
「言いたいことがあるなら言ったら。たぶんこれが最後の機会だよ」
サーラの操作キャラは鍵を揃え、出口にたどり着く。
後は決定ボタンを押すだけで脱出する。外側の世界に出る。
現実でも恐らく同じことが起きる。チャンスは一度切りしかない。
(言うか言わないか。頼るか頼らないか。後悔しない方は――)
アルカナは自分に問いかけ、選択を強いる。
取れる選択肢は多くない。やることは単純明快だ。
後は思い切って前に一歩進むだけ、それで道は開かれる。
「あのさ……僕の相談役になってよ! 君さえ良ければだけどさ」
思い切ってアルカナは本題を切り出した。
王という役割から逃れることは、もうできない。
ただ、脇に誰を置くかは自由だ。ある程度融通が利く。
外の世界の住人だとしても、同じ王子なら連絡を取り合える。
「よく言えました。仕方ないから協力してあげる。血縁者だからね」
対するサーラは、決定ボタンを押して、脱出。
一人用の飛行機に乗り、閉鎖空間から飛び立った。
相手は自由を勝ち取り、こっちは幽閉。不運な結末だ。
現実と重なっているように見えるけど、それは捉え方次第。
「あぁ……良かった。サーラが味方なら、この国は安泰だ」
王に徹するのは対戦型じゃなく、協力型のゲームだ。
強い心を持ちたいからといって、孤高である必要はない。
信頼できる人が一人でもいれば、どこまでもいける気がした。
◇◇◇
9月2日、朝方。バッキンガム宮殿前の大門。外は生憎の曇り空。
門を守る衛兵の敬礼に見送られ、サーラはイギリス王室に背を向ける。
「……今度は、自分の人生に目を向けないとな」
誰かが聞いてるわけもなく、独り言をぽつりとこぼす。
王位継承戦を通して、やりたいことがかなり明確になった。
分霊室の住民の居場所を作る。組織の借りを返して、脱退する。
この二つ。王と接点を持ち、ぬくぬくと生きるだけが人生じゃない。
「……?」
歩みを進めるうちに、人気がないことに気付く。
天候不良で朝方とは言っても、ここは有名な観光地。
住民も観光客も一切いないのは、どう考えてもおかしい。
(あれは……)
慎重に辺りを見ると、道路の中心に何か見える。
ぽつんと立っていたのは、一匹の黒い蝙蝠だった。
『俺に触れ』
爽やかな青年の声を発し、飛ばすのは命令。
こちらを人間と認識しているような言葉と態度。
九官鳥のような馬鹿さもなく、確かな知性を感じた。
「…………」
サーラは吸い込まれるように、蝙蝠へと手を伸ばす。
罠の可能性を考えながらも、気になって仕方がなかった。
気付けば、声に操られるようにして、黒い羽根に触れていた。
「…………ッッッッ!!!!!」
瞬間、脳内に駆け巡ったのは、大量の知らない情報。
外されたパズルのピースが、無理やりハマっていく感覚。
すぐさま状況を理解する。否応なく、起きた現象を把握する。
(あぁ……ここまで計算付くか。恐れ入ったな……)
忘却された記憶の復元。エリーゼの記憶がここに蘇る。
「…………出迎えがない、なんて言わないよね」
二つの記憶が入り混じる一人の少女は、虚空に問いかける。
あるべき道に戻るための発言。これは予想ではなく、確定事項。
「お帰りをお待ちしておりました……エリーゼ様」
現れたのは、白い修道服を着た金髪の女性。
恭しく頭を下げ、来たるべき時と主の復活を喜ぶ。
しかし、それでは、情報が足りない。説明にはならない。
白教の上から二番目の地位。大司教が畏まる理由にはならない。
「――いいえ、エリーゼ教皇。我らが白教を再びお導き下さいませ」
大司教ユリアにとっての唯一の上司。
最初から道は一つしか存在していなかった。




