第148話 マッチポンプ
死者交霊約定。元は霊杖に秘められた力。
死者の魂を認識して、現世に呼び、取引する。
魔術か魔法かはさておいて、精度にはムラがある。
数十年連れ添う妻でも、夫の魂を理解するのは難しい。
その条件なら30%が限界だ。それほどまでに魂は奥が深い。
観測の魔眼を使った当時でも、100%の再現率には至れなかった。
――この身体と魂は果たして、何パーセントなのか。
現状は不明だが、予想を立てることはできる。
40%未満なら廃人。60%未満なら機能不全に陥る。
現状、体に支障はなく60%以上の精度は確定している。
80%未満なら記憶障害に陥るが、自分で確かめる術はない。
観測の魔眼でも、自分の記憶を観測できない面倒な縛りがある。
――だから、生きている間に100%のコピーを作った。
『転写体』なら、自分の魂を正しく認識できる。
それが、長年の研究の末に行き着いた結論だった。
後はいかに接触するか。下ごしらえは既に済んでいる。
「最初のオーダーは、『悪魔の彼を倒せ』かな?」
マーリンは、悪魔が自分の『転写体』と知りつつ、シラを切る。
全ては自分の魂の精度を確認するため。当然、相手も承知のはず。
軽いボディタッチさえできれば、魂が照合される手筈となっていた。
「ううん。あいつはこの手で倒す。今回はサポートに回って」
しかしサーラは、予期しなかった方向に成長している。
継承戦開始時の彼女なら容易に接触できたが、今は違う。
記憶を忘却されながら自分を掴んだ。少々、厄介な相手だ。
命令権が彼女にある以上、勝手な行動を取ることはできない。
下手に命令を無視すれば、せっかく呼び出された体は消滅する。
「やれることが限られるけど、いいのかな? 僕なら――」
「いいって言ってるでしょ。何か不都合なことでもあるの?」
押し切ろうとするが、サーラは甘くない。
確信はないだろうが、本能で陰謀を察している。
日頃の行いが悪かったかな。地道にいくのが賢明そうだ。
「いいや、何も問題はない。今の僕ができることと言えば――」
マーリンは思考を切り替え、従う方向に意識を割いた。
相手は悪魔であり、全盛時代における自分の『転写体』だ。
いくらでも機会は作れる。例え、全力でサポートに回ってもね。
「『攻撃の無効化』……違うな。今だと条件が甘いから『攻撃の軽減』でしょ」
能力を開示しようとするも、見透かされていた。
さすがは、継承戦時のマーリンを追い込んだだけはある。
「ご名答。最大50%のダメージ軽減が限界だよ。今のままならね」
「それで十分だから、早くやって。小手先の縛りも条件もいらない」
縛りの方へ上手く誘導しようとするも、失敗する。
ハメ技は通用しないか。今のところ抜け目がないな。
今の彼女の信用を勝ち取るのは、簡単じゃなさそうだ。
「……話は終わったかな? そろそろ警戒するのも飽きてきたんだけど」
声をかけてきたのは、痺れを切らした悪魔だった。
もちろん演技だ。未だに仕掛けてこないのが良い証拠。
(さぁって……バレれば、債務不履行だ。頼むよ、もう一人の僕)
マーリンは最悪のパターンを想定しつつ、サーラの肩に手を置く。
「――幻想結界」
そして、短文詠唱を果たし、主のご機嫌取りが始まった。
◇◇◇
見えない衣が全身に纏われる感覚があった。
温かくて、サラサラして、着心地の良さを感じる。
(ひとまず、従ってくれたか。でも……まだ安心はできない)
サーラは、悪魔とマーリンの顔を交互に見る。
他人にしては顔が瓜二つだし、口調も性格も似ている。
偶然にしては出来過ぎだ。巧妙に仕組まれた罠のように感じる。
(二人の間には何かある。接触させるのは避けつつ、倒すのがベスト)
サーラは山を張り、目の前の相手に意識を向ける。
目下の課題は何も変わってない。あの悪魔を倒すこと。
魔人化が解けた以上、自力でどうにかしないといけなかった。
「――来なよ。どうせ、まともに戦えるのは君だけだろうし、とことんやろう」
悪魔はどっしりと腰を据えて、待ち受ける。
受け身の姿勢。何か仕掛けてくるような気配はない。
(考え過ぎだったかな。まぁ、ともかく――やるっきゃない!)
サーラは安い挑発に応じて、地面を蹴った。
接近戦は苦手だけど、少し試したいことがある。
「――――」
悪魔の懐に迫り、放つのは右ストレート。
バレバレの軌道で、なんの技巧も凝らしてない。
でも、今はこれでいい。問題はこの後の反応にあった。
「……」
悪魔は過剰なほど警戒し、上空に避けた。
ただの予想が、少しだけ確信に近付いていく。
(とことんやろうと言った割に回避。能力を知ってる動き)
空触是色による白い手は、相手の精神に感応する。
右ストレートを受けた時点で発動したとすれば、必中。
相手の肉体、精神状態、過去、隠す能力を事細かに知れる。
能力がバレているからこそ回避した、と考える方が自然だった。
(これは、ほぼ黒確かな。あいつに能力を見せた覚えはないしね)
サーラは上空で飛行を続ける悪魔を見て、次の一手を考える。
魔人状態じゃないから飛行はできないし、能力に対するメタでもある。
「とことんやろうって言った割に、逃げるんだ。そんなにわたしが怖い?」
「……君、感覚系だろ。センスの具合で分かるよ。接触は危ういと判断した」
挑発するも、悪魔は言い訳を用意する。
的外れな意見じゃない。一応、筋は通ってる。
「じゃあどうするの?」
「こうさせてもらう――っ!!」
問いかけに対し、悪魔は手のひらを向ける。
その先にいたのは、こっちじゃなく、マーリン。
(攻撃軽減の効果を読んで、その発生原因を……)
合理的な判断に、身の毛がよだつ。
この後に起こる展開は目に見えている。
足をもいでから、最後に頭を潰すつもりだ。
「――――」
「色触是空!!!」
悪魔から眩い閃光が放たれ、後を追うように黒い手を放つ。
直後、マーリンがいた場所は焼け焦がれ、焦土と化していった。




