第147話 自由落下
落ちる。落ちる。落ちる。
体は重力に従い、落ちていく。
ここは王墓所。上空約50メートル。
普通に落ちれば、まず助からない高さ。
(使えそうな手札は全部切った。戦えるのはわたしだけ)
サーラは気にせず、思考を続ける。
目下の課題は、悪魔をどう倒すのか。
集まった継承戦のメンバーはボロボロ。
諦めれば、自分含め、全員の命が危うい。
(はぁ……。一人で背負い込むタイプじゃなかったんだけどな)
思い返すのは、王位継承戦開始時のこと。
面倒事は誰かに任せ、楽することだけ考えた。
今はまるで真逆。重すぎる責任が肩にのしかかる。
――分霊室を作った。
その功罪が、見て見ぬ振りを許さない。
継承戦に巻き込んだ責任からは逃れられない。
「死者交霊約定」
サーラは霊杖という触媒に頼らず、魔法を行使する。
死者を呼び出し、対価を約束し、取引を成立させる能力。
課題は魂の再現度。対象者の解像度が浅ければフリーズする。
裏を返せば、関係が深い相手であるほど、再現度も精度も上がる。
その条件の下で誰を選ぶのか。思いついたのは最低最悪の人物だった。
「来て、マーリン!!!」
サーラが呼び寄せるのは、苦労して葬ったはずの巨悪。
手綱を握れなければ、悲劇が訪れるのは目に見えていた。
それでも、あの悪魔に匹敵するのは、こいつ以外にいない。
関係値も深く、出会った人の中でも、上澄みの実力者だった。
「……ご用件を伺おうか」
呼びかけに応じ、現れたのはマーリン。
短い金髪、白い修道服に、長い耳に、細い目。
外見は完璧だった。さっきまで戦っていた姿と同じ。
問題は、中身の再現度と、どのような取引を持ちかけるか。
「霊杖と分霊室は好きに使っていい。だから、わたしに力を貸して!!!」
自由落下を続け、地面が迫る中、サーラは告げる。
極めてリスクの高い取引。後のことは全く考えてない。
大事なのは、今。これ以上、分霊室絡みで人は殺させない。
失敗は許されず、確実に事を成すには正当な報酬が必要だった。
「…………」
マーリンは口を閉ざし、何も答えない。
残ったのは、深い沈黙と風を切る音だった。
(嘘でしょ……。また失敗した……?)
思い返されるのは、未来のジェノを呼んだ時のこと。
解像度が浅く、霊体がフリーズして終わった失敗の記憶。
(あぁ、もう……わたしの人生、上手くいかないことばっか!!)
不運を嘆いている間にも、地面はすぐそこまで迫っていた。
手を打つ時間はなく、やれるとしたらセンスで体を守るぐらい。
ただ肉体系じゃないから、上手くいっても落下時の負傷は免れない。
「――」
仕方なく、サーラは全身をセンスで覆う。
着地の心得を知らないから、適切な配分は不明。
助かるかどうかは運否天賦。地面と重力のご機嫌次第。
(…………?)
そう思っていたのに、落下の衝撃は走らない。
フワッと浮き上がるような感触と共に、着地する。
当然、怪我もなく五体満足。完璧すぎて気持ちが悪い。
自分の身体をよく見てみると、腰と肩に腕を回されている。
(敵の敵は味方か……)
サーラは視線を上げ、腕を回す存在を見つめる。
そこには、ご満悦そうな笑みを浮かべる男がいた。
「ご命令、承ったよ。……我が主」
純血異世界人虐殺を命じた男。宿敵マーリンとの共闘。
吉凶禍福が合わさるジョーカーを切り、演者はここに出揃った。




