第142話 純粋な悪
王墓所の最奥で倒れていたのは四人。
アルカナ。エリーゼ。ソフィア。ミネルバ。
王位継承戦における王子の三人と、侍従一人だ。
生存を確認できたのはソフィアのみ。他は生死不明。
目に見えた傷の具合から考えれば、ミネルバは死んでる。
――惨憺たる有様だ。
ミネルバとアルカナは元々、手を組んでいた。
互いに敵対しないことを条件に連合が成り立った。
仲間割れは考えにくく、恐らく元凶は、目の前の悪魔。
「……全部、お前がやったのか?」
ラウラは、聞くまでもない質問をあえてぶつける。
状況とソフィアの発言から考えれば、黒なのは明白だ。
ただ、倒すか殺すか。どちらかハッキリさせときたかった。
「あぁ、安心していいよ。……私が全部やった」
悪魔は両手を広げ、悪びれることなく罪を告白する。
誰かの罪を被ってる。そんな可能性は微塵も感じねぇ。
発言、声色、表情、残留したセンス、全てが物語ってる。
――こいつは真っ黒だ。
曲がりなりにも、こっちは感覚系に属してる。
これだけ条件が揃えば、さすがに真偽は見抜ける。
素直に罪を告白したのは、感じ取る限りでは明らかだ。
ここが教会の告解室だったら、許しを与えてやるんだろう。
ただ、こちとら、無神論者でな。許してやる気はサラサラねぇ。
「じゃあ、死ね……っ!!! 貼り付けっ!!!!」
ラウラは右の手のひらを向け、言い放つ。
と同時に発生したのは、薄紅色の眩い閃光。
出力も威力もそっくりそのまま返してやった。
「――――ッッッ」
至近距離から閃光を食らい、悪魔は吹き飛ばされる。
距離も方向も計算済み。被害者たちには当たらねぇ方角。
王墓所の最奥。恐らくだが、初代王とやらが眠っていた場所。
「壊れた棺で朽ち果てろ。悪魔には、お似合いの末路ってやつだ」
閃光が炸裂し、爆音が鳴り響き、王墓所内は揺れ動く。
砂埃が舞い上がり、辺りは見えねぇが、この目で確認した。
直撃だ。何かしらのしっぺ返しを覚悟したが、何もしなかった。
まず助からねぇ。一つ一つの細胞が分解されるレベルで粉々のはず。
(……嘘だろ、おい)
しかし、悪魔の気配は消えてなかった。
鼻にこびりつくような、濃い腐臭を感じる。
見えねぇが分かるんだ。やつは、まだ生きてる。
「ひどい言われようだね。それは悪魔差別ってやつじゃないかな」
すると、耳元から囁くような声が聞こえた。
「……っっ!!!」
ゾクリと肌が粟立ち、反射的に体は後退していた。
距離にして、数メートル。それぐらいの警戒に値する。
自然と目線は悪魔に向き、先の被害状況を確認していった。
(上着と肌を軽く焼いた程度……。何食ったら、そうなんだよ……)
損傷は軽微。大したダメージは受けるように見えねぇ。
殺すには、あまりにも遠い。身体もセンスも規格外だった。
「いい反応だ。……それゆえに、愚かとも言えるね」
すると、悪魔は爪を尖らせ、見下すように言い放つ。
足元には、無防備なエリーゼとソフィアの姿が見えた。
(こいつ……。狙いは僕じゃ……っ!!)
思惑を察するも、対応するには距離が遠すぎる。
ストックはねぇし、近付けた頃には事が終わってる。
それでも諦めるわけには行かず、思い切り地面を蹴った。
「さぁ、メインディッシュを頂こうか!」
悪魔が振るう爪は、ソフィアに向いている。
その狙いは胸元。心臓がある部分を目指していた。
相手との距離は縮まってるが、絶望を感じる程度に遠い。
(駄目だ……。間に合わねぇ……)
大きく距離を取った時点で、詰んでいた。
背後に寄られた時点で、仕掛けるべきだった。
後悔と反省を感じる間にも、残酷に時は刻まれる。
「――――」
魔の手は迫り、ソフィアの肌に触れる。
爪が皮膚を浅く裂き、血が滲むのが見えた。
今すぐ顔面ぶん殴って止めやりてぇが、厳しい。
センスを飛ばそうにも、苦手だからできねぇときた。
(仕方ねぇな……。いいところはくれてやるよ……)
自然と目をつぶり、ラウラは最善を尽くす。
欲しいものを前にした時こそ、隙と油断が生じる。
見届けてやるまでもねぇ。悪魔が至る末路は決まってる。
「――北辰流【薄雲】」
閉じた視界の中で響いたのは、パオロの声。
天に向かう赤い斬閃が煌めき、辺りを青い血で染めた。




