第138話 限界の先
第四小教区。参拝する対象を失った王墓所最奥。
そこには、生贄を取り立てようとしている悪魔がいた。
マーリンXIII世。初代王の魂を宿す『転写体』であり元人間。
悪魔の生贄に捧げられ、悪魔に至った、特殊な経歴を持っている男。
「これで、一人目」
彼は、その力を遺憾なく発揮し、薄紅色の閃光が王墓所を照らした。
「か、ふ……っ」
容赦ないセンスの光弾を受けたのは、一人の女性。
腹部には致命傷の風穴が空き、叫ぶ間もなく倒れている。
あまりに一瞬の出来事で頭が追いつかない。受け入れられない。
だって、悪魔の被害に遭った人は、見ず知らずの他人なんかじゃない。
「姉さん……っ!!」
アルカナは駆け寄るも、すでにミネルバは意識を失っている。
遺言を聞く暇もなく、別れの言葉をかける間もなく、死んでいた。
「あぁ……なんでこうなっちゃうのかなっ!!」
次に駆けたのは、彼女の侍従であるソフィアだった。
すでに体はボロボロで、彼と戦う前から満身創痍だった。
纏うセンスも出会った頃に比べたら、どことなく弱く感じる。
(このままじゃ駄目だ……。分霊室にいる全員が殺される……)
彼が求めるのは生贄。要求人数は不明。
現状、ここに駆けつけたのはソフィアだけ。
後々、合流するだろうけど、きっと万全じゃない。
疲労困憊の状態で、この悪魔を止めないといけなかった。
(僕がどうにかしないと……。こうなったのは、全部、僕の責任なんだ……)
姉の死を重く受け止め、アルカナは頭を回す。
切れる手札は、マーリン戦でほとんど使い切った。
センスも度重なる守護霊召喚や魔術書使用で枯渇寸前。
限界はとうに超えている。むしろ、よくもってくれた方だ。
(たぶん、大技は一回が限界。隙を見つけて、叩き込むぐらいしかないか……)
現状を分析し、今出来ることを精一杯探る。
不安要素しかないけど、文句は言ってられない。
姉が死んだ時点で、見ているだけはあり得なかった。
「こんの、悪魔風情が……っ!!」
ソフィアは接近戦に持ち込み、拳を交わし合う。
戦況は不利。手負いのせいか、押されてしまっている。
深く考えている時間はない。このままじゃ姉の二の舞になる。
「どうにか時間を稼いで! 僕がなんとかして見せる!!」
アルカナは杖を構え、センスに意識を集中させる。
光は研ぎ澄まされていき、針のような鋭さを増していく。
系統は芸術系。センスを別物に変化させる、創造可変に長ける。
「言っとくけど、もって数分。……いや、三十秒が限界だから!」
ソフィアは、残酷で現実的な数字を言い放つ。
恐らく、過大評価も過小評価もしていないはずだ。
下振れることはあっても、上振れることはきっとない。
(それだけあれば、十分だよ)
言葉を交わすことなく、アルカナは両目を閉じる。
瞼の裏に浮かべるは未来。怪異の城で戦った自分自身。
目指すべき理想。力を追い求めた先にあった一つの到達点。
答えはすでに導き出されている。後はその先に、己を導くまで。
「内外相対、大小相対、権実相対、本迹相対、種脱相対」
唱えるのは帝国における、仏法の言葉。
幼少期に歴史書から学んでいた教えの一説。
邪を破るためには、正を知らなければならない。
正と邪を相対的に考えるための骨子。全てのベース。
「これら五重相対により、邪法邪義を峻別し、我が正法正義をここに示さん」
技の意図を読み取り、自分なりに解釈し、詠唱文に落とし込む。
言葉の結びつきが出力を強化し、生じる威力を最大限まで引き上げる。
(今なら分かるよ。この出来事があったから、僕は強くなった……)
アルカナは、未来の自分が辿った道を確信する。
王子連合を一人で足止めできた強さの根源を理解する。
背中は遠くない。本家は自分自身。超える準備は整っている。
後は唱えるだけ。己の力を示すだけ。限界の少し先に到達するだけ。
「破邪顕正っ!!!!」
センスの放出を強化する杖から生じたのは、巨大な白い十字架。
対魔特攻の必殺。怪異の城にいた吸血鬼を一撃で葬った至上の一撃。
その改善。無数にあった十字架を一本にまとめ、極限まで威力を高めた。
「……おさらば、さいさいっと!!」
タイミングよく、軽快な声音でソフィアは退避。
両腕には、気絶していたエリーゼが抱えられていた。
残ったのは、悪魔。頭上に生じる十字架が、鉄槌を下す。
「――――――――――――――――」
轟音が鳴り響き、王墓所が破邪の光に染まる。
棺は砕かれ、砂埃が舞い、地面は大きくひび割れる。
(もう限界だ、立ってられない……)
杖を支えにしようとするも、アルカナは地面に倒れ込む。
センスのオーバーフロウ。限界の先を求めたことによる代償。
蓄積されていた体への疲労が、一気に襲い掛かり、睡魔を誘った。
(せめて、結果だけでも、見届けないと……)
落ちようとする瞼を開き、悪魔がいた場所を見続ける。
倒せるかどうかは多く見積もって五分。それぐらいの相手。
期待半分、不安半分で砂埃を見つめ続けると、ようやく見えた。
「――生ぬるい。私を葬りたいなら、正法を語れる行動が伴わないといけないよ」
マーリンXIII世は無傷。具体的なアドバイスを送る余裕さえあった。
「そんな……」
限界を超えてもなお、超えられない壁。
アルカナは濃厚な絶望を味わい、気絶した。




