第137話 仕切り直し
第三回廊区。白い廊下の中央付近には人が集まる。
ジェノが失踪したことに伴う、現場検証が行われていた。
「背後から一撃……。見事なもんだね。幸い命に別状はないみたいだが」
そう語り出すのは、マルタだった。
近くにはガルムと、丸っこい魔物が倒れる。
両者は共に失神。こっちも確認したから間違いねぇ。
ただ、どうも引っかかる。うさん臭ぇ匂いがプンプンしやがる。
「そいつら、両方身内だろ。一芝居打ったんじゃねぇだろうな……」
ラウラは疑いの眼差しを向け、率直な意見を述べた。
勝負にイカサマは付き物。可能性としては十二分にある。
廊下を常に監視できてたわけじゃねぇし、策は仕込み放題だ。
「下らんことを抜かすな。勝負を提案した時点で、破る道理がない。そんな手の込んだことをするぐらいなら、最初から殺し合いで決着をつけている。むしろ、一芝居打ったのは、勝負に負けたそっちじゃないのか?」
次に反応したのはパオロだった。
もっともな返しだが、承知はできねぇ。
濡れ衣を着せにきたようにしか思えなかった。
「あぁ? てめぇ……喧嘩売ってんのか」
額にピキリと筋を立て、ラウラは体にセンスを纏う。
一触即発の空気が流れ、それぞれがセンスを発していく。
マルタ、パオロ、アミ。この場にいる、正気を保った全員だ。
「随分と威勢がいいようだが、忠告する。そこから一歩でも動いたら……斬る」
パオロは腰の剣に手をかけ、抜刀術じみた構えを取る。
冗談でも脅しでもなく、本気だ。明確な殺意の念を感じる。
ヒヤリとした汗が額に浮かび、心臓がきゅっと締め付けられる。
(こいつ……。実力を隠してやがったのか……?)
直接的な接点はなかったが、見れば大体の力量は分かる。
あくまで直感の判断だが、経験上、大きく外したことはねぇ。
少なくとも継承戦前に見た時は、平凡レベルにしか感じなかった。
それなのに今は、上澄みの剣の達人に思える。威圧感が段違いだった。
「初心者にしては、筋が良過ぎますね……。何か裏技でも使いましたか?」
違和感を覚えたのは、アミも同じだった。
恐らく、剣術を扱う身として、変化を察した。
仕草。間合い。足運び。呼吸の仕方や一連の動作。
少なくとも、継承戦開始時点では初心者だと判断した。
上澄みの剣士だったら、実力を隠し切れるわけねぇからな。
「さぁな。真偽を知りたいなら、試して見ればいいんじゃないか」
対するパオロは、半ば肯定するような強気な態度を見せる。
剣戟に慣れているはずのアミも、腰が引けているように感じる。
(まじぃな……。このままだと無理やり押し切られる……)
武力の均衡があってこそ、対等な話し合いが可能になる。
格下と判断されれば、不利な条件でも呑まざるを得ねぇ状況。
ただでさえ勝負で負けてんのに、さらに面倒な問題がのしかかる。
(会話の主導権を握る方向に、シフトした方が良さそうだな……)
不利な状況だと理解した上で、急速に頭を回す。
肝を冷やされたおかげか、適切な言い訳が頭に浮かんだ。
「ばーか。試したのはこっちだよ。これで全員センスが使えるのが分かった。少なくとも、この中にユダはいねぇってわけだ。勝負を反故にしたなら、センスを一生涯使えなくなる。そういう縛りのはずだったろ?」
ラウラはセンスを消し、状況を整理する。
どうにかしてここは、言いくるめるしかねぇ。
暴力沙汰になれば、割を食うのはこっちだからな。
「一応、筋は通ってるな。……だが、分かったところでどうなる」
鋭い殺気を収め、パオロは話に乗る。
ひとまずは順調。ただ、気は抜けねぇな。
「この中に犯人がいねぇなら、二手に分かれてジェノの捜索をしようぜ。それも今度は、先に見つけたモン勝ちってルールだ。元はと言えば、そっちが用意した監督役の管理不足が原因だし、仕切り直すぐらいの責任はあるんじゃねぇかな」
ラウラは相手の非を指摘し、一方的に要望を伝える。
通れば御の字。通らなくても、五分の状態で話し合える。
即席で考えたにしては悪くないように思えた。後は反応次第。
「……敗者が図々しいにもほどがあるぞ。そんな我儘が通ると思うのか?」
ある意味で想定通りに、パオロは忌避感を露わにする。
(思ってねぇよ。本題はこっからだ……)
内心で返事しつつ、ラウラは次の一手を考える。
ここから納得させるのは難儀だが、どうにかするしかねぇ。
「……いや、待ちな。その話、乗ってやるよ。非があったのは確かだしね」
しかし、意外にもあっけなく、マルタは容認する。
裏があるような気がしたが、ここは流れに乗るべきだな。
「だったら、北か南か、捜索範囲を選んでくれ。勝者の特権ってやつだ」
畳みかけるようにラウラは、勝負の選択を迫る。
どちらに選んだとしても、今のところ得しかねぇ。
本来なら、あの瞬間で敗北が確定したわけだからな。
仕切り直せた時点で、どう転ぼうと万々歳ってやつだ。
「おい……いいのか、好き勝手言わせて」
「状況は一刻を争う。他の手を考える暇はないだろ?」
パオロは反論するも、マルタが言いくるめる。
それ以上の文句が出ることはなく、相談は終了する。
「方向性は決まったみたいだな。答えを聞かせてもらおうか」
「あたいは南を選ぶ。ただし、互いの相棒を入れ替えるのが条件だ。いいね?」
ラウラが問い、マルタはすぐさま答える。
受ける代わりに提示してきたのは、一つの条件。
(どういうつもりだ? 監視が目的か? それとも……)
一瞬、頭によぎるのは、後ろ暗い企み。
それを除けば好条件だが、命の危険もある。
「ああ。いいぜ。その条件で受けて立つ」
ただ、深く考える間もなくラウラは即断。
そこで再び勝負は成立して、マルタとアミは南。
ラウラとパオロは北に行き、ジェノの捜索が始まった。




