第136話 悪魔の正体
マーリンが展開した『永遠の国』は、死者交霊約定とは異なる。
心象風景の具現化であり、本人と侵入者以外の存在は紛い物だった。
真に迫ることはできても、当時の人間を完璧に再現できるわけではない。
生身の人間や、霊体以下の存在であり、能力のリソースは『逆行』に割いた。
――独創世界としては未完成。
上位互換の霊杖を持つがゆえに、努力を怠った。
生き残りを最優先にしたため、他を磨く必要がなかった。
そのせいで生じた問題があった。本人が想定してない不測の事態。
――生贄の質が極めて悪いこと。
悪魔との契約は、取引後ではなく取引前に行われる。
見込まれる代償に見合う悪魔が選出され、現世に現れる。
代償が大きければ大きいほど、上位の悪魔が召喚される仕様。
事前の契約では、二十一の純血異世界人が捧げられる予定だった。
最上位相当の生贄であり、呼び出される悪魔の位も必然的に上がった。
しかし、いざ蓋を開けば、人間一人分にも満たない低質な生贄しかいない。
――生贄と代償の勘定が合わない。
悪魔の間では今や、頻繁に起きる社会問題。
人間の肥大したエゴが生み出す、代償の釣り上げ。
事前の契約内容から下回る条件を、後出しで提示される。
現代の悪魔社会では、警鐘を鳴らすために、こう呼ばれていた。
「――『生贄詐欺』か。やってくれたね」
細目を見開き、赤い瞳が呼び出した人間を見つめる。
そこにいるのは、『アブラメリンの書』を持った青髪の少年。
「君は……マーリン? いや、違うな、エリーゼの……」
相手は目を見開きながら、後ろに一歩下がる。
違和感を感じ取り、現れた悪魔の正体を察している。
「やぁ、どうも、第二王子。生贄を取り立てられる覚悟はできてるかな?」
悪魔社会で最上位まで成り上がった存在は、挨拶を交わす。
容姿は、黒髪短髪で細目で細身、二本の黒角に、一対の黒羽根。
黒の貴族服に身を包み、姿と特徴は初代王マーリンによく似ていた。
「待って……。思考の整理がつかない。君は僕が呼び出した悪魔なんだよね?」
アルカナの顔色は警戒から、困惑の色に変わる。
与えられた情報が上手く処理できず、混乱している。
『生贄詐欺』とはいえ、主は主。説明する責任があった。
「そういえば、ご紹介がまだだったね。私はマーリンXIII世。エリーゼ様の元侍従であり、マーリン様が持つ魂をコピーした『転写体』であり、今は悪魔をやっている。何か文句はあるかな? 生贄の数と質をちょろまかした詐欺師君」
◇◇◇
膨大な情報が頭の中に流れ込んだ。
マーリンXIII世。魂のコピー。『転写体』。
すんなり理解できたのは、悪魔の情報ぐらいだ。
生贄が気に入ってないことぐらいは、なんとなく分かる。
ただ、それらを真実と仮定すれば、一つだけ確実なことがあった。
「マーリンの魂は、まだ生きている……」
「そうなるね。無駄な努力、ご苦労様と言っておこうか」
短い応答をして、認めたくない事実は肯定される。
今までの苦労が全て、水泡に帰してしまったような感覚。
爽快感は消え、今まで味わったことのない疲労感が全身を襲う。
(仮に全部本当だったとしたら、黒幕は……)
過程で生じる疑問を省き、結果だけを脳内で並べる。
マーリン→魂の転写→エリーゼの侍従→死亡→悪魔→現在。
時系列で並べるとこうなる。偶然ではない綿密な計画性を感じた。
そんな大がかりな計画を立てて、実行に移せる人間は一人しか知らない。
「エリーゼが全部仕組んだ。王室脱走時には、ここまで織り込み済みだったんだ」
アルカナは幼少期の記憶を頼りに、答えを出す。
これは予想じゃない。間違ってる要素がない確信だった。
その根拠として、幼少期に交わした、一連の会話が思い返される。
『……あのさ、僕にもそろそろ具体的なプランを教えてくれない?』
『…………秘密。答えが分かってたら、つまんないでしょ』
恐らく、この言葉を交わした頃には計画が決まっていた。
実際、王室脱走事件がきっかけで、人格形成に影響があった。
身内を犠牲にする彼女に魅了され、『アブラメリンの書』を使った。
結果的に、マーリンを倒した。生贄を捧げて、悪魔を召喚してしまった。
――全部、エリーゼの影響なんだ。
動機、起こす行動、選んだ手段、隅々まで彼女の思想が根っこにある。
全てが計画通りと考えれば、辻褄が通る。だから、予想じゃなく確信なんだ。
「あぁ。よく分かったね。だからといって、生贄の数は減らしてあげないよ」
事実はあっさり認められ、次なる問題が提示される。
(あぁ……もう……。ここから何を、どうすればいいんだ……)
エリーゼという精神的支柱が揺らぎ、アルカナは運命に翻弄された。




