第131話 永遠の国
「手柄は、ゆずって、あげる……。だから、後は、まかせたよ…………おにい」
それは、意識を失う前に残したエリーゼの言葉。
王位を争う敵ではなく、血縁者としての一方的な願い。
「…………」
考えないといけないことがたくさんあった。
『妹』について。
『継承戦』について。
『永遠の国』について。
そして、それらを考え抜いた上で、『何を選ぶか』について。
「ここは君が目指す理想の世界。……違うかい?」
すると、問いかけてきたのはマーリンだった。
辺りには白い修道服を着た住民が、取り囲んでいる。
数は約二十人。一人で相手をするには、骨が折れる人数だ。
ただ、話す内容的に今すぐ戦わないといけないってわけじゃない。
「…………そうだね。確かにここは、僕の理想に近いと思う」
アルカナは喜んで相手の話に乗った。
最初の議題は、『永遠の国』についてだ。
これでも、魔術師の肩書きを背負っている。
いちいち説明されなくても、世界構造は分かる。
恐らく、マーリン朝時代のシチリア島を具現化した。
彼らにとっての黄金期で、永遠に時が止まっているはず。
「そこで提案がある。やり方を教えるから、守護霊で僕を殺してくれないかな?」
続けてマーリンは、魅力的な取引を持ちかけてくる。
取引に応じれば、『永遠の国』と『継承戦』は解決する。
得しかないように思えるけど、それには大きな損があった。
(欲しいものを手に入れるには、『妹』を切り捨てないといけない……)
アルカナは、ふと足元に視線を落とす。
そこには、地面に倒れ込んだ、エリーゼの姿。
記憶がなくても、髪型や見た目は昔と変わってない。
『大義を得るには、犠牲は付き物だよ……おにい』
脳裏に蘇るのは、幼少期のエリーゼの肉声。
バッキンガム宮殿の客室が、血に染まった光景。
後の人格形成に、多大な影響を与えた出来事だった。
その教訓に従うのなら、切り捨てた方がいいことになる。
「独創世界は唯一無二。教えられて、僕が使える保証はあるの?」
ひとまず回答を保留にして、アルカナは話を掘り下げる。
即断はできない。敵の言葉を鵜呑みにするのは、危険すぎる。
『妹』を切り捨てる業を背負うなら、中途半端な結果は許されない。
「保証する。世界の中心は変わるだろうけど、君が知りたいのは『永遠』だろ?」
的確に突いてくるのは、『永遠の国』の外せない本質部分。
舞台はシチリア島じゃなくていい。重要な論点を抑えていた。
「……うん、間違ってない。ただ、理屈だけ言われても、納得できないよ」
「論より証拠か。いいだろう。特別に『永遠』の力の一端を君にお見せしよう」
慎重に探りを入れると、マーリンは意味を理解し、手を叩く。
前に出てきたのは、住民の一人。長い金髪、長い耳、細身の老人。
両耳には赤く丸いピアスがつけられ、両目には黄金の瞳を宿していた。
「いいかい? よーく見ておいておくれよ」
マーリンは貫手を作り、血管が浮き出るほど力を込める。
すかさず、手を振りかぶり、立っている老人の胸を軽く貫いた。
「――――ッッッ」
胸から大量の出血をして、重要な臓器がこぼれ落ちる。
致命傷だった。並みの人間だったら、絶対に助からない。
意思の力や魔術を用いていも、治せない可能性が高い領域。
損傷は治せても、欠損を直すには、労力も難度も数段上がる。
やるなら、副反応が出ない臓器を一から作り直し、適合させる。
その上で縫合し、神経と血管を繋ぎ、傷口を塞がないといけない。
あまりにも、無理難題だ。考えるだけで、頭が熱暴走しそうになる。
「――――」
すると、目の前の出来事に変化があった。
地面にこぼれたはずの血が、不自然に浮かぶ。
続いて、こぼれ落ちた臓器も宙に上がっていった。
(これって……)
根本的に考え方が間違っていたことを痛感する。
0から1を作る。なんて手間のかかる工程じゃない。
手抜きだけど、要点は確実に抑えた、効率的な手順。
現象は理解できるけど、未だ実現してない架空の技術。
「――時間の逆行。それが『永遠』の軸さ」
マリーンが貫手を作ったところに戻り、言い放つ。
老人の傷口は、初めからなかったことになっている。
エントロピー増大の法則を無視した画期的発明だった。
「そんなとんでも能力……長く維持できないんじゃ……」
「意思の力は使った分、逆行し続ける。だから、文字通り『永遠』だよ」
生じた疑問に、マーリンは即答していく。
論理に隙が無い。矛盾があるように思えない。
少なくとも、今見た範囲なら可能だと思えてしまう。
「じゃあ、王位継承戦に固執するのはどうして?」
「現実世界に用があるから。ここに僕の理想はなかった」
次に重要な質問をぶつけるも、即答される。
恐らく、技の伝授が終われば、独創世界を解く。
逆行が適用されない場所で、守護霊を召喚し、倒す。
そうなれば、マーリンは消滅せず、百年後まで生き残る。
その先で彼がやりたいことは『子孫繁栄のための世界征服』。
言葉と行動は一致してるし、ここでは実現できないのも納得だ。
「具体的に、どうやって教えてくれるの?」
「僕の血を飲めば可能だよ。技は引き継がれる」
次の次に重要な質問も、すぐさま即答。
真偽は不明だけど、信憑性はありそうな答え。
最悪、一度試してから信じるかどうかも決められる。
「じゃあ――――」
逆行する時間をいいことに質問を繰り返す。
入念に丁寧に、生じた疑問を一つ一つ潰していく。
次第に、『永遠の国』や『継承戦』の疑問は消えていった。
「もういいかな? 気になることは大体答えたはずだよ」
質問が止まったのを察してか、マーリンは声をかける。
確かに材料は揃った。決断するには、いい頃合いかもしれない。
「最後に一つだけ聞いてもいい?」
ただ気掛かりな点がまだ残っている。
どうしても聞かないといけないことがある。
「どうぞ。せっかくだから、付き合ってあげるよ」
当然のように、マーリンは受け付ける。
何を言われても構わない。そんな余裕が見えた。
「――エリーゼの時間が逆行しないのは、どうして?」
最後に残ったのは、『妹』について。
説明を聞く限り、唯一破綻していた論理。
答えによってどちらにも転ぶ、不安定な話題だ。
「生者に逆行は適用されない。ここは死者の国だからね」
血が凍っていくような感触があった。
事実を知らずに、会話を続けてしまった。
逆行していると思い込んで、時間を浪費した。
「じゃあ、エリーゼは……」
「もうすぐ、こちら側の住民になる」
『妹』が死ぬ。切り捨てれば全てが手に入る。
疑問は全てなくなった。残ったのは、『何を選ぶか』。
「そんな……」
「さぁ、これで疑問は解消されただろ。答えを聞かせてくれるかな?」
マーリンは丁寧な前置きを挟み、答えを迫る。
彼を倒したところで、助けられるかは分からない。
切り捨てればいい。大義のために、犠牲を払えばいい。
頭では分かってる。だけど、答えはとっくに決まっていた。
「僕は『妹』を取るぞ。マーリンっ!!!!!」
アルカナは意を決し、戦う意思を示す。
懐からは、禍々しい魔術書を取り出していた。




