第124話 見覚えのある場所
第三回廊区。ニューヨークブルックリン。
自由の女神が見える埠頭にはコンテナが集まる。
合法違法問わずの品が運ばれ、マフィアが取り仕切る。
中でも違法品は埠頭の市場で売られ、浮浪者が売人を勤めた。
行き場を失った人に居場所を与え、違法品売買の責任を押し付ける。
警察は末端にしか対応できず、市場は社会から黙認される形となっていた。
――人々はマフィアの理想郷とも言えるこの場所を、こう呼んだ。
「おいおい、よりにもよって『ブラックマーケット』かよ……」
市場の通りを見回し、勝手を知るラウラは語る。
屋台、浮浪者、コンテナ、昼なのに夜のように暗い。
回廊区の扉の先にあったのは見覚えしかない光景だった。
「その名の通りといった雰囲気ですね。訪れたことがあるのですか?」
そこで話に応じるのは、隣に立つアミだった。
腰の刀に手をかけ、いつでも戦える姿勢を作っている。
「訪れるも何も……。いや、それより時間がねぇ、先を急ぐぞ」
「急ぐのはもちろん構いませんが、何かアテでもあるのですか?」
ラウラは通りを走り出し、アミは併走しながら尋ねる。
「ここは言っちまえば、『城下町』。本命の『城』には心当たりがあるんだよ」
詳細を伏せつつ、ラウラは理由を告げ、市場を駆け抜けていった。
◇◇◇
市場を抜けた先には、手入れが施された外庭があった。
1000坪は優に超える、世間一般では豪邸と呼ばれる敷地内。
ラウラは森林を駆け抜けて、辿り着いた先には家が建っている。
外庭と内庭を仕切る鉄門扉と噴水。そして、黒服の見張りが見える。
門扉に二人。内庭には二人。家の入口には二人。計六人体制で守られる。
「……なるほど、ここが『城』ですか。まさに、という出で立ちですね」
シンメトリーな白亜の豪邸を見て、アミは腰の刀を抜こうとする。
ここは、辺りを安全に見渡せる程度の木陰。まだ位置はバレてねぇ。
それなのに、今にも正面から突っ込んでいきそうな勢いが感じられた。
「待て。手荒な真似をする必要は、たぶんねぇよ」
すぐにラウラは、肩に触れて蛮行を止める。
不安ながら視線を向けた先には、門扉と見張り。
確証はねぇが、試してみたいことが一つだけあった。
「どういうことでしょう?」
「……まぁ、そこで黙って見とけ」
反論させる暇もなく、ラウラは押し切るように、一歩足を踏み出す。
時刻は昼。天気は晴天。明るみに出たラウラは、自然と見張りと目が合った。
「一つ聞く。なんの用件があってここに来た」
対応したのは、スキンヘッドで短い青髭を生やす中年の男。
背丈は180cm前後。体は細身ながら、筋肉質なように感じる。
両手を前に組み、武器はねぇ。己の肉体だけが頼りのタイプだ。
茶色のセンスを体に纏い、回答次第では武力行使も辞さない覚悟。
面倒なことこの上ない展開だが、こっちには打算と切り札があった。
「――貼り付け《ペースト》」
右手を前に突き出し、短い詠唱をする。
男は対応しようとするも、顔色が変わった。
突如、現れたのは、包帯に文字が刻まれた右腕。
能力『切り取り&貼り付け』。こいつは、その一端。
裁ちばさみで切り取ったものを、取り出すことができた。
「ネクロノミコン外典。こいつを売りに来た。通してもらえるか」
ラウラは手短に本題を告げ、多くは語らない。
「……通っていいぞ」
見張りは数瞬ほど沈黙した上で、独自の判断を下す。
無線機を持っているにもかかわらず、確認を取らなかった。
読みは当たった。こいつを持つ相手は、無条件で通せとの命令だ。
「刀を持った連れが一人いる。ついでにそいつも通してもらうからな」
トントン拍子で話は進み、暴力沙汰もなく、ラウラたちは潜入に成功した。
◇◇◇
豪邸内。エントランスから左右に分かれる階段を上り、二階に向かう道中。
階段上にある赤いカーペットを踏みしめながら、アミは不思議そうに語り出す。
「……どんな手品を使ったのですか?」
見張りの引率もなく、刀も没収されなかった。
ある意味で、VIPとも言える待遇に疑問があるらしい。
「ここのボスの趣味を……把握してたってだけだ」
ラウラは右腕を真上に放り投げ、キャッチしながら、応対する。
そこで会話は終わり、話し込むこともなく、二階にたどり着いた。
目の前には、両開きの赤い扉。迷うことなく手をかけ、開いていく。
見えるのは、ダイニングテーブルと、一人分の食事と、椅子に座る男。
「……おかえり、ラウラ・ルチアーノ」
白いナプキンで口元を拭い、青髪の男は立ち上がる。
ここに来るのを確信していたような、そんな回答だった。
感知系の能力の一端なのか、来るべき未来を知っていたのか。
どちらでも構わねぇ。ただ、ここで言うべき台詞は決まっていた。
「帰ったぞ、ラウロ・ルチアーノ。……いいや、親父」
父と娘は期せずして再開し、第三回廊区の攻略は大詰めを迎えていた。




