第122話 強情な交渉③
できるかどうかは賭けだった。
失敗して、死ぬ確率の方が高かった。
でも、上手くいった。どうにかしてやった。
助けを呼ぶとしたら一人しか思い当たらなかった。
「命令をどうぞ、ご主人様」
要望に応えたのは、未来のジェノ。
頼りにできる死者は、彼しか知らない。
当然、彼に下す命令はすでに決まっている。
「あいつを倒すから手伝って」
「……………………仰せのままに」
サーラは命令を飛ばし、未来の兄は要望に応える。
深く話し込む必要はなく、目標をたった一つに定める。
揃った二人の目線の先には、動揺の色を見せる宿敵がいた。
「まさか、六人目の魔法使いの誕生を、この目で拝める日が来るとはね」
マーリンは、起きた現象を咀嚼するように語り出す。
魔術師だろうが、魔法使いだろうが、心底どうでもいい。
「褒めたところで、見逃してあげる気は……ないから!」
サーラは丁寧に外された左肘の骨をはめ、駆ける。
マーリンが追い込まれているのは、感覚で分かってる。
相手のセンスは、枯渇寸前。守護符を使えるかすら怪しい。
今なら体術でも十分通用する。二人掛かりなら、きっと倒せる。
心強い味方と共闘するイメージを浮かべながら、隣に視線を送った。
「……」
しかし兄は、その場から一歩も動いてはいなかった。
虚ろな目をして、ぼーっとこちらを眺めているだけだった。
(は? 動いてない? なんで……)
確かに、霊杖の能力は読み取った。
間違いなく、同じ力を発揮して見せた。
ただ、何かが欠けている。そんな気がした。
その間にも敵との距離は迫り、やがて接敵する。
「…………」
マーリンは杖で拳を受け止め、真顔を作っている。
じかに触れているのに、感情もセンスも読み取れない。
喜んでいるのか、落胆しているのか。何も伝わってこない。
(これも予期した展開? 計画の一部? わざと泳がされた?)
脳内は、マイナスの情報で溢れ返っていた。
有利なはずなのに、有利に思えなくなっていく。
「君は……彼の何を知ってるんだい?」
すると、マーリンは薄目を開き、問いかける。
声音は低く、今までにないぐらい真面目に接している。
今までの軽い口調じゃないせいか、怒っているようにも感じた。
「わたしの未来のお兄ちゃん。それ以外の情報は必要ないでしょ」
サーラは拳をぶつけながら、質問に答える。
意思の力は、イメージできるかどうかが全て。
動揺させて、技を崩すための作戦に決まってる。
動いてくれないのは命令が少し曖昧だったせいだ。
戻って、きちんとお願いすれば、動いてくれるはず。
「……確かに、それでも能力は発動する。魔術の概念を超えた以上、魔法と該当されるだろう。だけど、君のやってることは死者への愚弄だ。生まれた瞬間から、死ぬまでの過程を知らずして、どうやって、死者の魂を理解するのかな」
マーリンは、冷たく淡々と能力の欠陥を指摘する。
怒ってくれた方が良かった。それなら、まだ割り切れた。
だけど、これは違う。相手の魔術にかけた熱量が伝わってくる。
対するこっちは、敬意も配慮も大した思い入れもなく、パクっただけ。
技術的にはマーリンの一枚上を行ったのに、精神的には劣ってしまっていた。
「……知ったような口を叩いてるけど、そっちはできてんの?」
サーラは拳を放し、距離を取って、話を広げた。
この会話は無駄じゃない。今後、確実に必要になる。
分霊室の住民たちを呼び出すには欠かせない内容だった。
「僕の両目は観測の魔眼と言ってね、興味のある対象の過去現在未来を知ることができる。僕が君にやらせたことは最低かもしれないけど、死者への敬意は忘れたことはなかった。分霊室にいた住民一人一人の人生に興味を持って向き合い、やりたいことを尊重してあげた。一方で、今の君はどうだい? 未来のお兄ちゃん、という断片的な情報だけで死者を呼び出して、彼はフリーズしてしまった。果たして、死者の目線で見た場合、どちらが悪に見えると思う?」
マーリンの言葉を受けて、サーラは振り返る。
そこにいたのは、外見だけなぞった中身のない霊体。
生気のない目線が、こっちを責め立てているように感じた。
「違う……。わたしは殺されかけて、仕方なく……」
「君の事情は聞いてない。彼の立場ならどう思うのかを聞いているんだ」
言い訳を重ねる暇もなく、マーリンは正論を重ねる。
上手くいったと思ったのに、何も分かっていなかった。
上辺だけをなぞっただけで、本質を理解していなかった。
説明されて、現状を理解して、質問への回答にたどり着く。
「…………わたしが悪い」
サーラは、自らの非を認める。
きちんと納得した上で、結論を出す。
すると、呼び出した未来の兄は消えていた。
魔法というには、名ばかりな技が消滅していった。
「だったら、君の守護霊で僕を封印してくれ。百年後に今よりも万全な状態で、死者交霊約定を使い、分霊室にいる全員に居場所を与えることを約束する。王位継承戦の被害者にもさせない。それが、今の君のやりたいことなんだろう?」
そこでマーリンが持ち出したのは、的確な交渉材料だった。
恐らく、センスは底を尽きかけ、自殺もできないのかもしれない。
(これ以外ない……。これ以上のものをわたしは用意できない……)
与えられた条件を前に、心が揺らぐ。
非の打ち所がない、完璧すぎる条件提示。
任せれば、全部上手くいくような気さえする。
そう思ってしまうほどの、死者への熱量もあった。
「…………」
懐から取り出すのは、王霊守護符。
マーリンの提案に心が傾きつつあった。
(これで、いいんだよね?)
サーラが行うのは、最後の自問自答。
王位継承戦に、幕を引かせるための問い。
相談役はいない。一人で考えないといけない。
唐突な不安に襲われ、何かに頼りたくなってくる。
なんでもいいから、誰かに判断を仰ぎたくなってくる。
『何もかも神に判断してもらうんじゃなく、自分たちで判断しろよ!』
そこで思い返させるのは、自分が口にした言葉。
それが巡り巡って、自分のところへ返ってきていた。
――悪口のブーメランってやつだ。
偉そうに言ったけど、説教する資格なんてない。
信徒の気持ちが分からないのに、諭せるわけがない。
きっと裁判は、勢いで押し切らせてしまっただけなんだ。
「約束してよ。わたしの代わりに、住民を幸せにするって」
「ああ、神に誓うよ。君の代わりに、彼らが望むことをさせる」
最終確認を行い、否定する材料はなくなった。
後は守護霊を呼ぶだけで、全てを託すことができる。
自分よりも上位互換の能力が使える相手に、任せられる。
肩の荷が下りて、王にもなれて、贅沢な暮らしが待っている。
世界一のお金持ちには少し遠いだろうけど、近いとこまで行ける。
「……彼らが望むことって何?」
「子孫繁栄のための世界征服。僕が指導者になって、彼らを先導するよ」
生じた疑問に対し、マーリンは即答した。
吐き気を催すほどの邪悪。考えるだけで身震いする。
ようやく本性を現した。彼の心はどこまでも腐り切っている。
「あぁ、やっぱ今のなしで」
「だろうね。だったら、こっちにも考えがある」
交渉は決裂。話は次のステップに移行する。
マーリンが懐から取り出したのは、王霊守護符。
目的は自殺による王位継承戦の継続。距離はド密着。
止められるもんなら止めてみろって感じの間合いだった。
――きっと、これが最後の攻防となる。
自ずとやることが明確になり、サーラは備える。
息を整え、相手を見据え、万全の状態で待ち構える。
王墓所には沈黙が走る。重苦しい空気と緊張感に満ちる。
一瞬も目が離せない。瞬きもできない。息を吸うのも惜しい。
永遠のように感じられるし、時間が止まったようにも思えてくる。
――ただ、その時はやってきた。
「「「―――――――召喚」」」
響いたのは、同じ意味を示す三人の声。
現れたのは、白銀の鎧と黄金の鎧と巨大な赤鳥。
突如、参戦したアルカナによって、場は混沌に支配された。




