表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Royal Road  作者: 木山碧人
第六章 イギリス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/156

第121話 強情な交渉②

挿絵(By みてみん)




 王墓所にいた王子陣営は、いい感じに削れていた。


 目に見えた障害は、自身の霊体に苦戦するサーラのみ。


 彼女を安全に処理できれば、王位継承戦の継続は確定する。


(第三回廊区の攻略度は80%。意思の力は残り13%。王霊守護符を使えば、10%は消耗する。どう節約しても守護霊を呼び出せるのは、残り一回が限界。悪霊たちの一斉命令は、大盤振る舞いが過ぎたかな)


 マーリンは現状を分析し、今やるべきことを考える。


 自殺の万全を期すなら、不確定要素は排除しておきたい。


 今は問題ないけど、彼女に宿った『アレ』には注意が必要だ。


 守護霊を呼べる回数が限られている以上、退場させるのがベスト。


 それも出来るだけ刺激を与えないようにして、出て行ってもらいたい。


(……仕方ない。ここは焦らず、じっくり詰めていこうか)


 残っている力の配分を考え、予定を変更する。


 長期の計画には、予期しないトラブルが付き物だ。


 一度決めた手段に固執すれば、簡単に破綻してしまう。


 臨機応変な対応。これが出来ないと、目的は完遂できない。


「今なら見逃してあげるけど、どうする?」


 マーリンは現状における唯一の脅威に近付いて、交渉を開始する。


 その当の本人は、自らの霊体に腕を固められ、うつ伏せの状態だった。


 とても抵抗できるような姿勢ではなく、いつでも命を奪える状況と言える。


 生きるために住民を殺した彼女なら、きっと喜んで条件を呑んでくれるはずだ。


「…………」


 しかし、返ってきたのは、深い沈黙だった。


 彼女なら即答するかと思ったが、やけに大人しい。


 真偽は不明だが、何かを企んでいるように感じてしまう。


(心理戦か……。望むところだよ)


 『アレ』を刺激しないためにも、強引な手は使えない。


 強引な手を使えないのなら、脅しにはなんの効力もない。


 サーラだったら、すでにそこまで読んでいる可能性がある。


 それなら、沈黙が正解だ。どんな行動より賢い選択と言える。


 時間を稼ぎ、増援を待つことが彼女にとっての最適解だからね。


「殺されないと高をくくっているなら、それは……大きな間違いだよ」


 マーリンはリスクを承知で、杖先を振り下ろす。


 その先には、拘束されていない左腕の肘があった。


 ゴキッという痛々しい音と共に、腕は変形していく。


 これだけやれば、さっきの提案が魅力的に感じるはず。


 すぐにでも根を上げて、言うことを聞いてくれるだろう。


「…………………………まさか、今ので終わりとか言わないよね?」


 だが、返ってきたのは、強気な反応だった。


 腕が折れた程度じゃ、死の恐怖を感じないらしい。


 ジワジワといたぶる。なんて考えたけど、それは悪手だ。


 追い込まれた現段階においては、即効性があるものが望まれる。


「あぁ、ごめんね。今のは僕が甘かった」


 杖先の向きを変え、サーラの後頭部に狙いを定める。


 このまま押し込めば、脳を貫いて、刺し殺せる状態だ。

 

 変な前置きを挟んだり、下手な加減をすれば見抜かれる。


 かといって、やり過ぎると『アレ』が出張る可能性がある。


 殺す限界を攻めた脅迫。ある意味では、チキンレースに近い。


 崖に向けてアクセルを踏み、どこでブレーキをかけるかの勝負。


「――これで終わりにするよ」


 そんな思惑を胸に秘め、マーリンは杖を振り下ろした。


 確認は必要ない。容赦のなさを態度で示さないといけない。


 杖先は見る見る迫っていき、クセのある金色の髪の毛に触れる。


 この程度じゃ子供も騙せない。痛みが伴わないと脅しに効果はない。


 後頭部から生える毛束を突き抜けて、最初の関門である頭皮に到達した。


(……もう十分だろ)


 グチャリと肉を抉る嫌な感触が手に伝わる。


 肉を貫いても、鉛筆の芯を軽く突き刺した程度。


 まだ声はない。ここで止めるわけもなく、前進する。


(……早く降参しなよ)


 頭皮の血管を裂き、血が流れる感覚が分かる。


 ただ大出血とは言えず、致命傷には至らない程度。


 まだ諦める気配はない。リスクを覚悟して、続行する。


(……命乞いをしてみせなよ)


 コツンという音が鳴り、杖は頭蓋骨に到達する。


 この先は後戻りできない。高確率で死がつきまとう。


 言わば、チキンレースの崖際。死と隣合わせの土壇場だ。


 止める選択肢が頭によぎる。リスクは『悪魔』が出る可能性。


(……さもないと、死んじゃうよ?)


 マーリンは、それでも押し切った。


 頭蓋骨の一部を砕き、脳内に侵入する。


 この時点で助かっても後遺症が残るレベル。


 問題は、脳のどこの部位を損傷するかで決まる。


 狙いは、前頭葉でも、側頭葉でも、後頭葉でもない。


 ――頭頂葉だった。


 前頭葉の中には、感覚を認知する機能が備わる。


 具体的には、視覚、聴覚、触覚などを司った部位だ。


 損傷が出れば、そのいずれかの感覚機能に支障が生じる。


 もしくは、その全てに障害が生じてしまう可能性すらあった。


 だが、サーラなら知識がなくとも、気付く。痛みで感じてしまう。


 なぜなら、彼女の得意系統は、鈍い肉体系でも、鋭い芸術系でもない。


 ――誰よりも繊細な感覚系なのだから。


「…………」


 ミチミチと肉を引き裂くような音が聞こえてくる。


 そこは、杖先が頭頂葉に触れたか、触れないかの場所。


 生と死と障害の境界線。崖際を攻めた結果、それは起きた。


(あぁ、いいね、最高だよ。そうこなくっちゃ……)


 視線の先には、折れた左腕で杖先を握っている、サーラの姿。


 外的な変化はなく、自我を保ったまま、自らの意思で止めていた。

  

 これを待っていた。期待通りの反応に、年甲斐もなく興奮してしまう。


「返事を聞かせてくれるかな?」


 興奮冷めやらぬまま、マーリンは質問を重ねていく。


 サーラの胸中はきっと、生きたいという気持ちで満ちている。


 聞くまでもない。聞く必要がない。だからこれは、ウィニングランだ。


「――債務不履行」

 

 そこで突如、発せられたのは予期しない言葉。


 ゾワッと鳥肌が立ち、杖を引き、大きく後退する。


 通常取る間合いの倍以上、下がるに値する内容だった。

 

(何が、起きた……。あいつは僕に何をした……っ!!!)


 嫌な汗が体中から溢れ出るのを感じる。


 想定する中で最悪のシナリオが頭をよぎる。


 すぐさま確認するのは、自分自身の身体だった。


(いや、落ち着け……。霊体化が解ける感覚はない。あれは、ただの脅しだ)


 隅々まで見回すも、人の形を保っている。


 霊体とはいえ、まだ生きていられる感触がある。


 起きた事実だけを並べて、マーリンは平静を保っていく。


「その能力は霊杖がないと使えない。脳をいじられて、おかしくなったのかな?」


 そして、優位な立場を自覚した上で、尋ねる。


 彼女が取った行動は、ただの脅しであり、強がり。


 常軌を逸したフリをした、狂人ムーブ。ハッタリの類。

 

 必要以上に恐怖する必要はなく、理詰めで処理すればいい。


 これから語り出す論理を破綻させてやれば、チェックメイトだ。


「論理も打算も常識も捨てて、自分の感覚に身を委ねて、行動したことはある?」


 そこで返ってきたのは、ハイになってるとしか思えない回答。


 質問に質問で返す。無礼極まりないが、この場で礼儀は必要ない。


 これは対等な人間同士の対話だ。偉ぶったり、かしこまる必要はない。


 彼女はそのステージに立っている。ここにきて、無粋な言葉は不要だろう。


「ないね。その時々で対応することはあっても、なんの打算もないなら試さない」

 

 マーリンは率直に彼女の言葉と向き合う。


 石橋を叩いて渡る。それが今までの人生だった。


 慎重に慎重を重ねた計画を立て、無理そうなら逃げる。


 その繰り返しで、ここまで生き延び、キャリアを重ねてきた。


 恐らく彼女はそれを否定し、自分が正しいと思い込みたいのだろう。


 自分に合ったやり方というだけで、他人に強要した覚えはないんだけどね。


「わたしはしょっちゅうある。そして、それは一度も間違ったことはなかった」


 説教が始まるかと思いきや、サーラが語るのは自論の範疇だった。


 言語化できない領域に到達しやすい、感覚系独自の思考とも言える。


 自分の系統とは別物だと割り切った上で聞けば、興味深い内容だった。


「へぇ……。だったら、今の常軌を逸した行動も間違ってなかったんだ」


 煽りたいわけではなく、単純な興味でマーリンは尋ねる。


 彼女の自論通りなら、わざとこちらに頭を貫かせたことになる。


 その行動が正しかったのなら、何かしらの成果が出てないとおかしい。


「うん。マーリンには感謝してもしきれない。こんな素敵な力をくれたんだから」


 サーラはうつ伏せのまま語ると。そばにいた霊体が消えた。


 腕を固め、身動きを封じていた、彼女の分身がいなくなった。


 その現象の理屈は分かる。ここにいる誰より詳細を知っている。


 ――債務不履行。


 交わした命令に反故が生じた場合、一方的に契約を破棄できる。


 恐らく、霊体サーラから何らかの矛盾を見つけ、それを指摘した。


 おかげで契約は破棄。大した苦労もなく、未来の自分に打ち勝った。


 理屈は分かるが、理解できない。それが出来るのは霊杖を持つ人間だ。


 霊杖を持たない人間が扱えるわけがない。魔術という概念を超えている。


 ――それはまるで。


「魔法使いにでもなったつもりかな? 思い上がりも甚だしいよ」


 マーリンは一つの可能性に言及する。


 ただの憶測でしかなく、大した根拠はない。


 霊杖の能力に似せた、手品と考えた方が現実的だ。


 それでも、話題に上げたのは、彼女の鼻を叩き折るため。


 数千年かけてたどり着けない領域に、彼女が至れるわけがない。


「それをこれから証明する。わたしの鼻を明かしたいなら、邪魔しないよね?」


 その心情を見抜いたのか、サーラは丁寧な前置きを挟む。


 やめろ。どうせ失敗する。上手くいかない。やるだけ無駄だ。


 そんな言葉を口走りそうになるが、みっとみないことに気付いた。


 これは、自分より歴が浅い人間が結果を出し、抜かれるのが怖いんだ。


 常人なら問題ないが、人の上に立つ人間としては最低最悪の回答と言える。


「やってみなよ。子孫の成長を見守るのも、僕の役目さ」


 だから、サーラの提案に乗った。


 これでも、初代王を名乗っているからね。


 今まで連ねた歴史に、泥を塗るわけにはいかない。


(さぁ、これでまぐれかどうか分かる。魔法使いになれるもんならなってみなよ)


 期待と不安が胸中で生じる中、マーリンは傍観する。


 目の前で何が起きようと事実を受け止める覚悟を決める。


 すると、浅い呼吸音が王墓所に響き、やがてその時は訪れた。


「――死者交霊約定リビングデッド


 サーラは短い詠唱を果たし、すぐ隣には光が生じる。


 現れたのは、黒いバーテン服を着ている、褐色肌の男だ。


 この時点で分かったことがある。変えようもない事実がある。


 この日サーラは、魔術師を超え、六人目の魔法使いに名を連ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ