第120話 強情な交渉①
どさりと何かが倒れた音がした。
気付けば、目の前の男が消えていた。
すぐに振り返り、音がした方を確認する。
「やれやれ……。久々にちゃんと動くと腰にくるね」
その先にいたマーリンは霊杖で腰を叩いている。
杖先は赤く染まり、ぽたりと一滴の雫がこぼれ落ちた。
地面には一人の人間が横たわり、血の水溜まりを作っている。
事の一部始終を見ていたわけじゃねぇ。ただ、何をしたかは明白だ。
「…………殺したのか?」
ルーカスは、聞く必要のない質問をぶつける。
安否確認よりも、倒すのが先決ってのは分かってる。
ただどうしても、本人の口から聞いてやりたくなったんだ。
「残念ながら、まだ生きてるよ。生きるか死ぬかは君次第だね」
マーリンは肩をすくめ、淡々と質問に答える。
わざと生かした。そう言わんばかりの舐めた態度。
今のやり取りだけで、相手の思惑が十分に理解できた。
――負傷した人質を助けたいなら離脱しろ。
それが生かした理由。初代王マーリンの鬼畜めいた思惑だ。
気付けば、足と体は勝手に動き出し、目的地にたどり着いた。
両手は自然とベクターの体を抱え、間髪入れずに告げてやった。
「地獄に落ちろ、この人でなしが」
ルーカスは全部理解した上で、思惑に乗っかる。
考える余地なんてねぇ。ここはベクターが最優先だ。
一方的に言いたいことだけ言って、その場を去ろうとした。
「君も同じ側だろ。……百年後で待ってるよ」
去り際にマーリンは耳元でそっと囁く。
王位継承戦の継続を確信したような態度。
言い返したいのは山々だが、時間の無駄だ。
(俺と同じなら、お前の計画は思い通りにいかねぇよ)
ルーカスは振り返ることなく、王墓所を後にした。




