第115話 神明裁判
神明裁判。一度だけ傍聴したことがある。
証拠がない罪を、神に立証させる方法のこと。
通常の裁判とは違って、弁護人も検察官もいない。
神意という不確かなもので罪を決める前時代的なもの。
神が関与したと思わせて、民衆を納得させるための裁判だ。
(そうきたか……)
サーラは事態を受け止め、辺りを見る。
そこは、分霊室内の緑地霊園にある針葉樹の前。
正面にはゼスト。周囲には、殺した住民たちが傍聴する。
「被告の罪は大量殺人! 分霊室にいた住民全員の命を奪ったことを認めるか?」
問われるのは、あの日行った事実の確認だった。
謝るか、謝らないかじゃなく、認めるか、認めないか。
認めなければ裁判の工程が増え、助かる確率は少しだけ上がる。
「認めるよ。わたしがやった」
でも、面倒な手続きはできるだけ減らしたい。
神明裁判は、罪を認めたところから、本番なんだ。
「「「「「……………………」」」」」
場には嫌な沈黙が満ち、周囲から鋭い目線が向けられる。
自分たちを殺した犯人が自白したんだ。当然の反応だった。
開き直んなとか、なぜ殺したんだとか、そんな感情が伝わる。
通常の裁判ならこの時点で罪状は確定し、量刑裁判に移行する。
大量殺人なら、終身刑か死刑か懲役の年数を決めるためのものだ。
でも、神明裁判は違う。罪を認めても、その白黒を決めるのは、神。
大量殺人を犯していても、神の判決によっては、逆転無罪もあり得る。
「神の名の下に、火審を行う! 右手で神意に触れ、身の潔白を示せ!」
ゼストは裁判を進め、腰の剣を抜き、言い放つ。
剣身は融解した鉄のように、赤く煮えたぎっている。
触れて火傷を負えば有罪。無傷だったら無罪という形だ。
(相変わらず、馬鹿げてるなぁ……。こっちは罪を認めてるのに……)
神意が、どこまで確かなものかは分からない。
少なくとも、現実世界なら神は関与してなかった。
意思の力や魔術などの人為的な能力による裁判だった。
それでも廃れなかったのは、罪への納得が欲しかったから。
神が判断したなら仕方ない。そんな他責思考による現実逃避だ。
論理的じゃなく、感情的。現代の裁判と比べたら、真逆の判断基準。
神に判断を委ねているから、被告が罪を認めても、誹謗中傷すらしない。
――心が弱い一族だ。
罪に罰を与える責任を抱えきれない。
だから、神という不確かな偶像を崇拝する。
良くも悪くも、起きた事象を全て神のせいにする。
(こんなものに縋るから……)
白教という宗教団体の発足を、実際にこの目で見てきた。
集金目的の布教だったけど、彼らの思想が色濃く反映される。
困ったら神に縋る。不安定だった当時の情勢にハマり、広まった。
大勢の心の拠り所になれた部分は否定しないけど、裁判はやり過ぎだ。
人の生き死にが絡むところに、神という不確定要素を絡ませちゃいけない。
「被告人! 早くしろ!」
神に苛立ちを募らせていると、ゼストは急かしてくる。
彼も神の意向には、逆らうことができない。手を汚せない。
だから、殺されなかった。理性や感情よりも、信仰が上回った。
その事実が分かると、どうしても言ってやりたいことができてくる。
「神に頼らないと、罪人を殺すこともできないの?」
気付けばサーラは、指示に従わず、思いを口にする。
追い込まれたことで、ようやく問題の本質が見えてきた。
ここの住民は、一人の例外もなく、神へ極度に依存している。
罪状を明らかにするよりも、もっと根深い問題がそこにはあった。
「……神のご意向は絶対だ! 何人たりとも穢してはならない!」
すると、ゼストは、住民を代表して意見を述べる。
テンプレのような回答。あまりにも模範的すぎる答え。
融解した鉄よりも、熱いものが込み上げてくるのを感じる。
無理だ。我慢できない。見過ごせない。もう、放っておけない。
「もし、わたしが無罪になったら許せるの? わたしだけが現実世界に戻って、生を謳歌しても、神のご意向だからで納得できるの? あなたたちを殺した下郎が、余生を過ごすのを見て、嫉妬せずにいられるの? 無理でしょ! 無理だから悪霊になったんでしょ! もっと、自分の心と感情と行動に目を向けろよ! 何もかも神に判断してもらうんじゃなく、自分たちで判断しろよ! 殺したって認めてるんだから、死刑で終わりでいいじゃん! それが、なんでできないの!!!」
溢れ出すのは、今までに感じたことのない熱量。
罪を認めてるのに、罰を与えてくれない彼らへの怒り。
あの犯行と神には、一切の関係がない。関与してほしくない。
公平を保つための第三者を用意するにしても、神だけはあり得ない。
――場違いだ。
この下らない剣に神の意向が宿るわけがない。
仮に宿っていたとしても、なんの証拠にもならない。
当事者間で話し合い、私刑を下される方がまだ納得できる。
だからこそ、この裁判を大人しく終わらせる気は微塵もなかった。
「……これが風習だ。長年、続けてきたルールだ。今更変えられない!」
言葉を受け、ゼストは反論するも、勢いが少し弱まっているのを感じた。
神に疑念を抱いてる。ほんの少しだったとしても、根幹が揺らいだのが分かる。
「変える時が来たんだよ! このままじゃ、一生悪霊から抜け出せないじゃん!」
サーラは畳みかける。向かべき方向性を示す。
ここにいる全員は、悪霊にとどまっていい人たちじゃない。
神の依存から脱却して、もっとまともな方向に進んでいって欲しかった。
「ならどうすればいい! 何を頼りにすればいい! 誰を拠り所にすればいい!」
議論は白熱し、ゼストは住民の意見を代弁し続ける。
周りの視線の感じから分かる。これが総意であり、本音だ。
別の依存先を求めている。代わりになるものを探そうとしている。
――進歩だ。
間違いなく、一歩だけ前に進んだ。
既存の価値観から抜け出そうとしている。
だったら、答えを用意してあげないといけない。
「自分たちの判断を信じろ! それが無理なら、わたしを信じろ!」
サーラが彼らに与えたのは、二択。
住民の総意が殺すなら、殺されてやる。
でも、そうじゃないのなら、信じてもらう。
とにかく神という選択を失くすのが重要だった。
「……貴様を信じられるわけ、ないだろ!!」
当然ながら、ゼストは語気を強めて反論する。
殺してきた犯人を言い分は、信じられるわけがない。
消去法的な考えだけど、ようやく頭を使って答えを出した。
ここがスタートラインだ。ここから一気に彼らを納得させてやる。
「わたしには、あなたたちを殺した責任がある。誰よりも、あなたたちを幸せにする義務がある。生かしてくれるなら、あなたたちの居場所を用意する。マーリンから霊杖を奪って、悪霊じゃなくて、霊体として、生きられる場所を提供する。もう寒くて、寂しい思いはさせない。それがわたしなりの罪滅ぼし。見逃してくれるなら、それがわたしの生きる目的になる!」
サーラが語るのは命乞いではなく、本心。
殺される気持ちを理解した上で至った、答え。
普通は死んだら終わりだけど、ここはそうじゃない。
第二の人生を歩む選択肢が、この世界には存在している。
「……それは」
ゼストは言い淀み、住民も同様の反応を示して。
確実に迷っている。反論できないほど押されている。
押し切るしかない。彼らを悪霊で終わらせないためにも。
「ここで決めて。神を信じるか、自分たちを信じるか、わたしを信じるか」
そこでサーラが提示するのは、今までの話をまとめた三択。
神明裁判という形式が崩れ、神を見定める裁判へと変わっていた。
「「「「……………………」」」」
その問いに対し、住民たちは集まり、相談を始める。
一分か、五分か、十分か、時間はとくに数えてはいない。
ただ、意見をすり合わせ、住民たちは十分な検討をしていた。
「……」
そして、代表の住民が、ゼストに耳打ちする。
彼らの総意は決まった。そう見てもいいはずだ。
ゼストが次に口にする言葉がそのまま答えになる。
「…………我々の独断と偏見により、被告人サーラは無罪放免とする」
与えられたのは、神から脱却した住民たちの答え。
自分たちの頭で考えて、自分たちで責任を負う回答。
その期待には、人生を懸けてでも応えないといけない。
生かされるのならば、結果と実績を残さないといけない。
「ごめんねは言わないよ。……その代わり、わたしはあなたたちを救って見せる」
サーラは変わらない本心を告げて、神明裁判は終わりを迎えた。




