第111話 一歩前進
最強の師匠と史上最強の弟子の戦い。
ハイレベルな師弟対決が繰り広げられた。
入り込む余地なんかなく、行く末を見守った。
あわよくば、継承戦が終わりそうな勢いもあった。
だけど、事態は思ってもない方向に転がってしまった。
「これ、どうやって収拾つけんの……」
サーラは疲労を顔に浮かべ、心情をぶっちゃける。
アンドレアという激強男と、それを使役するマーリン。
加えて、最大戦力のリーチェまでもが敵に回ってしまった。
勝てるビジョンが見えない。それが疲労の大部分を占めている。
「想定以上の最悪だな……。これは……」
「万事休すか。両手を上げて、命乞いでもしてみるか?」
同じ境遇のベクターとルーカスは、対照的な反応を見せた。
命がある現状を前向きに捉えるか、後ろ向きに捉えるかの違い。
諦めるのは論外だけど、ルーカスの精神性は見習うところがあった。
「いや、たぶん殺す気はない。守護霊に敗れ、継承戦を次世代に繋ぎたいだけ」
降伏は拒否し、改めて敵の動機を言語化する。
マーリンは当初、守護霊で倒されるつもりだった。
なんの抵抗もせずに、敗北を受け入れようとしていた。
――早い者勝ち。
恐らく、今までの世代が楽をした結果、今に至る。
現実から目を背けていいなら、守護霊を使う手もある。
だけど、マーリンを野放しにするのはあまりに危険すぎる。
分霊室の悲劇のように、誰かが手を汚してしまう可能性もある。
――それだけは阻止しないといけない。
自分のような末路をたどる人間は出したくない。
守護霊で倒しても、百年後に問題を先送りにするだけ。
多少の無理をしてでも、マーリンの陰謀はここで潰すべきだ。
そのためにも、守護霊抜きで彼を倒す方法を考えなくちゃいけない。
「意地張ってる場合か? 相手はバケモン揃いなんだぞ?」
そう考えていると、ルーカスは反論してきた。
言えば分かってくれるだろうけど、言いたくない。
過去から戻るため分霊室を作り、異世界人を滅ぼした。
なんて口が裂けても言えるわけがない。絶対に軽蔑される。
取り組む姿勢も、熱量も根本的に違う。付き合わせるのは酷だ。
「諦めたいなら、諦めてもいいよ。わたしは一人でもやるから……」
サーラは思考と感情に整理をつけ、切り離す。
仮に洗いざらい共有しても、同じ熱量にはならない。
本気になれるのは、言いなりになって手を汚した本人だけ。
この十字架は、他人には重すぎる。一人で背負うべき問題だった。
「冷たいねぇ。どうしてそこまで、躍起になる必要があるんだ?」
そのひたむきな姿勢に、ルーカスは疑問を持った。
打ち明けるとしたら今なんだろうけど、考えは変わらない。
「ほっといて。人に言えないことの一つや二つは、そっちもあるでしょ?」
適当に突き離して、脳内で策を巡らせる。
分霊室に関しては、この中で一番知識がある。
人に頼らず、最初から自分で取り組むべきだった。
マーリンの攻略法は何が何でも、自分で見つけてやる。
「…………まぁな」
そこでルーカスは折れ、引き下がる。
ベクターも口を閉ざして、思考に耽っている。
一人でどうにかしないといけない修羅場の出来上がり。
(さて、問題は山積みだ。一つ一つ処理しないとな)
目下の課題はアンドレア。リーチェ。マーリン。この三人。
マーリンを倒そうとすれば、リーチェとアンドレアが妨害する。
いきなり、王の首は取れない。側近の排除を優先して考えるべきだ。
「…………」
すると早速、相手側に動きがあった。
踵を返し、歩みを進めてくるのはアンドレア。
破壊と再生の加護を持ち、フィジカルもある化け物。
(触れたら終わりの相手か。初っ端からきっついな)
端的に敵の特徴をまとめ、攻略法を考える。
体術は敵いそうもないけど、能力はどうなのか。
千年前の世界で培った経験と、磨いた技術の見せ所。
(まぁ……今のわたしだったら、どうにかできるかもだけど)
前向きに状況を受け止め、サーラは戦闘を開始しようとした。
「…………ん?」
しかし、目に飛び込んできたのは、思いも寄らぬもの。
動作としては理解できるけど、意図が全く分からない行為。
両手を上げて、バンザイのポーズを取り、ゆっくり歩いてくる。
「参った。降参する。そちらの仲間に入れてくれ」
リーチェOUT。アンドレアIN。
ほんの少し、流れが変わった気がした。
これはもしかしたら、もしかするかもしれない。
◇◇◇
第四小教区。王墓所内にある緑地の霊園。
中央には大樹があり、その正面には少年が立つ。
片手には木彫りの杖を持ち、辺りは青い光に包まれた。
「駄目だ。びくともしない……」
アルカナは最大火力の光弾を放つも、樹は無傷。
大樹に何かあると仮説を立てるも、足踏みが続いていた。
「もう一度、守護霊を呼べれば、どうにかなるのかな」
懐から取り出すのは、金色の札。王霊守護符。
第三回廊区の怪異にやられてから、使ってない。
使えば、火属性の精霊のようなものを呼び出せた。
樹とは相性がいい。燃やせるイメージが湧いてくる。
「いや、でも…………もし、無理だったら、どうしよう」
問題は呼び出せなかった時のこと。
守護霊を出せない王子には、価値がない。
王の資格があるのは守護霊を極めた王子だけだ。
その歴史を知っている。負けた王子の末路を見ている。
もし、呼べなかったら、出来損ないの烙印を押されてしまう。
――その結果を受け止めるのが怖い。
守りたいのは、王子としての自尊心とプライド。
それが足かせになって、目の前の一歩が踏み出せずにいた。
「無理だったら、そん時に考えればいいんじゃないっすか?」
そこで響いてきたのは聞き覚えのある声。
幻聴かもしれないし、本物の声援かもしれない。
後ろを振り返って確認したかったけど、ぐっと堪えた。
もし、後ろに誰も立ってなければ、心が折れる気がしたんだ。
「そうだね。そうかもしれないね」
アルカナは後ろを振り返らない。
前だけを見て、向き合う現実を直視する。
やるべきことは一つだけ。発する言葉は長くない。
「――――――――――召喚っ!」
失敗することを恐れず、アルカナは一歩だけ前に進む。
上手くいくかは重要じゃない。王子としての資質の問題だ。
無理でも前に進むしかない。弱気な人間は誰の上にも立てない。
――誰よりも強い心を持った『王』になるんだ。
殻を破り、目指すべき理想の自分をようやく掴み取る。
行動と思想が噛み合い、心に深く根を張った樹が成り立った。
「――――」
それに応じたのは、赤く雄々しい巨大鳥。
大樹に迫る大きさの守護霊が現れ、翼を打つ。
すると、赤い鱗粉が舞い、大樹を赤く染め上げた。




