第110話 白銀ソナタ/忘却の行方
いつも頭にはモヤがかかっていた。
幼少期から何かが欠けている気がした。
その違和感にはいくつか見当がついていた。
「……島の皆が、幸せになりますように」
白い教会の中で、リーチェは祈っていた。
今から千年前の12月25日。昼前のことだった。
そこで教会の扉が開いた。誰かが中に入ってきた。
「――――――――――――――――――――――――」
見知らぬ人に声をかけられた気がした。
でも、聞こえなかったし、よく見えなかった。
それが、決定的なズレを感じた最初の違和感だった。
◇◇◇
千年前の12月25日の正午。
12歳の誕生日パーティをした。
島で住んでいる人が祝ってくれた。
顔は見えない。視力が悪かったからだ。
誕生日プレゼントで金縁の眼鏡をもらった。
それで、見えなかった目が見えるようになった。
祝ってくれた人の顔を、ちゃんと見れるかと思った。
でも、その時は訪れない。予期せぬ客が家にやってきた。
「――」
白銀の鎧を纏った正体不明の人物。
そいつは、祝ってくれた島民を殺した。
島に隕石を降らして、無関係の人も殺した。
「お前が……島のみんなを……殺した……」
目的が決まった。方向性が定まった。
この瞬間から、何もかもがおかしくなった。
「――殺して、やる。お前だけは、殺してやるっ!! この手で、必ずっ!!!」
復讐を誓い、白銀の鎧は長らく姿を消した。
それが、頭の中にある二つ目の違和感だった。
◇◇◇
あれから千年後の12月25日の正午。
リバティアイランドで白銀は復活した。
復讐のため、全てを捨て去る覚悟で戦った。
後一歩まで追い詰めた。喉元まで牙が届いてた。
だけど、白銀の鎧の中から現れたのはジェノだった。
――殺せない。
とっさにブレーキがかかって、止まった。
最初は、ジェノに情が移ったせいだと思った。
弟子だから。その場で思いついた言い訳を重ねた。
『――ふっざけんじゃねぇっ! じゃあ、なんで、アン兄を殺したんだ!!!』
そこで、同じ復讐で結ばれたフェンリルと、道を違えた。
熱量の違い。同じ目的でありながら、明確に差が生じていた。
これが三つ目の違和感であり、まとめると答えは一つに絞られる。
――白銀の鎧に父親が殺された記憶がなかったから。
これで全ての違和感の辻褄が合ってしまう。
実際、島民のために怒りを抱くには限界がある。
時が経てば、怒りは風化して、熱量を保てなくなる。
あくまで島民は他人で、千年間も復讐心は維持できない。
だから、ジェノを殺せなかった。フェンリルと差が生まれた。
だけど、これがもし、父親を殺された記憶を持っていたとしたら。
考える必要のない仮定。そう頭で分かっていたのに、答えに辿り着く。
――ジェノを殺していた。
今なら分かる。間違いなく言える。そして、同時に思い至る。
記憶をいじり、ジェノを殺さないよう仕向けていた黒幕の正体に。
◇◇◇
去年の12月13日の夜。組織から任務が入った。
マフィアの取引を妨害し、頭以外の関係者を殲滅しろ。
そんな血生臭い内容だったけど、借りがあるから受けてやった。
任務は順調だった。VIPルームの地下四階で、ある男に出くわすまでは。
「…………」
一本道の廊下の先に立っていたのは、白スーツの男。
髪は灰色でオールバック。肌は褐色肌で、頬には刃物傷。
蝙蝠型の聖遺物を持ち、『音』で人を操る能力を持っていた。
『音』の対策として、手下が持つ耳栓を奪い取り、戦いに臨んだ。
――手強かった。
鎧化した聖遺物の装甲を貫く、『音』の反響攻撃。
加えて、聴覚が使えないというハンデを背負った戦い。
追い込まれた上に、持ち込んだのは、必殺技での早期決着。
「焦熱地獄」
黒銃から、炎弾を放ち、火力で押し切ろうとした。
巨大な炎柱が男の肌に迫ろうとした時、確かに見えた。
口元の動き。声は聞こえなかったけど、内容は読み取れた。
「忘却の彼方」
この日を境に、父親の記憶が忘却された。
復讐心を薄れさせ、ジェノの殺害を妨害した。
理由も背景も不明。名前を知ってるわけでもない。
ただ、左頬に刻まれた傷。ここから正体を推測できる。
あの傷は、ジェノを殺しかけた時に出来たものと全く同じ。
同じ傷を刻み、年齢が異なるなら、答えは一つしか存在しない。
――未来のジェノ・アンダーソン。
そこまで考えれば、彼の経緯も見えてくる。
傷を負ったジェノが大人になって、過去に干渉。
起きた事象の辻褄を合わせるため、記憶を忘却した。
全ては時間という歯車の一部。仕組まれた未来への旅路。
この先に起こる結果は総じて、未来ジェノが望んだ道なんだ。
◇◇◇
「……気は変わったかな?」
思考が整理されたと同時に言葉をかけられる。
一気に現実に引き戻され、男の顔が目に入った。
短い金髪に、細い目に、長い耳をした、色白の男。
右手には白い杖を持ち、体当たりを防ぎ続けている。
このまま力押しを続けても、決着がつかない程度の敵。
だからこそ、問われた質問に対して、答える義務がある。
「ええ、気が変わった。私はお父さんの味方よ」
リーチェは自力で記憶の穴を埋め、あるべき自分を掴み出す。
この選択が仕組まれたものかどうかは、未来のジェノのみが知る。




