第108話 応用
遠方から感じるのは、第三回廊区の気配。
順路以外の扉が意図的に開かれるのを感じる。
(……本格的な攻略が始まったようだね)
マーリンは棺に腰かけながら、一人状況を理解する。
第三回廊区の扉を攻略された分だけ、本体が弱体化する。
白き神を宿す少年。ジェノが導き出した仮説は当たっていた。
攻略が完了すれば、守護霊以外の攻撃が効く身体になってしまう。
(偶然か、必然か、それとも、運命か……)
マーリンの両目に宿す黄金色の瞳は、輝かない。
対象の過去現在未来を見通す、観測の魔眼は発動しない。
理由はただ一つ。興味が湧かない対象を観測できない縛りがある。
(自分の将来は、分からないからこそ面白い。そうだよね、ビーチェ……)
曇った瞳の先にいるのは、黒のロングコートを羽織る少女。
予期しない出来事の連続を楽しみながら、マーリンは観戦を続けた。
◇◇◇
リーチェ対霊体アンドレアとの戦い。
王墓所では、幾度の攻防が繰り返される。
しかし、たったの一度も触れ合うことはない。
直接、相手の肌に触れてはいけない理由があった。
(破壊と再生の加護……。やっぱり、厄介ね……)
魔眼には『呪い』と『加護』。二つのパターンがある。
『呪い』は、指定した対象に一方的な影響を及ぼす、歪んだ力。
『加護』は、指定した対象と双方の合意をした上で発現する、正しき力。
――アンドレアは後者。
『加護』の力を有し、その証として、刺青が体のどこかに刻まれる。
アンドレアの場合は右手の甲。尾を食らう蛇の刺青が刻印されている。
能力は触れた対象を破壊し、自身は再生するというハチャメチャな性能。
相手が本気で殺しにきてるなら、彼の肌に触れた時点で、体は破壊される。
「どうした? 衝撃波を飛ばす芸しかできないのか?」
数メートル先にいるアンドレアは、間隙に言葉を差し込む。
回転を込めた衝撃波は、ものの見事に破壊され、致命には至らない。
(前と違って、仕込む時間はない。自力で攻略するしかないか)
去年の12月24日の夜。彼は、この手で殺した。
正確には、特異な弾丸がアンドレアの心臓を貫いた。
今回、頼れる銃も弾丸もない。使えるのは、己の身体のみ。
思えば最近は、銃に魔眼に聖遺物と特別な能力に頼り切っていた。
罰が当たったのかもしれない。肉体と体術の重要性を説いていたのにね。
――とはいえ。
「当然、あなたが知らない技もある」
リーチェは地面に手を当てて、意識を研ぎ澄ませる。
自分自身が回転することで、力を増す。それは基本の技。
応用は方向が逆。自分以外が持つ回転エネルギーを利用する。
「……地球の自転」
アンドレアは内容を察し、顔色を青白く染め上げる。
地球は地軸を中心にして、一日経つごとに一回転している。
おかげで朝と夜が巡り、気温が維持され、生物の繁栄に貢献した。
その回転力は、人類が一年で消費するエネルギーの約十億倍に相当する。
「――――」
リーチェは『ソレ』を纏い、駆け出す。
地面は大きくひび割れ、敵の懐に潜り込む。
「正気か……?」
アンドレアは速度に対応し、拳を振り下ろした。
警戒するべき能力は破壊。触れた対象を任意で壊せる。
拳が肌に触れた時点で終わり。その条件は全く変わってない。
――だけど。
「あなたこそ正気……?」
バチリと光が迸り、拳と拳が空中で衝突。
互いの肌と肌は、数センチの距離で拮抗する。
死と隣合わせの状況。『破壊』が勝てば敗北する。
だけど、それを分かった上で、接近戦を選んであげた。
リスクを負わなければ、本気のアンドレアには、勝てない。
「――――っ!!!」
光が弾け、片腕がちぎれ、鮮血が舞う。
苦悶の表情を浮かべているのは、アンドレア。
容赦なく迫りくる追撃を恐れて、後退を選んでいる。
――仮説は当たった。
「破壊は、地球の自転を止められない。それが、あなたの限界よ」
リーチェは円形状の青いセンスを纏い、事実を言い放った。




