第100話 死闘の果て
拳と拳が白い廊下でぶつかった。
互いの魂を込めた、真っすぐな拳だ。
センスにイメージを乗せ、威力を高めた。
銀光と赤光が弾け、廊下に亀裂が走っていく。
この場に至るまでには、様々な要因が絡んでいた。
遺伝。環境。才能。出会い。師弟関係。好みの戦い方。
目的の些細な違い。今まで関わってきた人から受けた影響。
同じじゃない。だけど、近い要素があったからこそ巡り合えた。
「「――――ッッ!!!」」
二人は感情をセンスに昇華して、ぶつけ合う。
光は反発し、拳は拮抗し、静止したように見えた。
センス量は同じ。イメージも同じ。繰り出す技も同じ。
だとすれば、どこで差がつくのか。何が決め手になるのか。
分からない。筋力、技量、経験、意思の強さ、どれもあり得る。
分かるほど場数を踏んでないし、何かを断言できるほど偉くもない。
――それでも。
拳を握る。前を向く。歯を食い縛る。
分からないなりに、自分らしい答えを出す。
足りない分を拳に乗せようとした時、それは起きた。
「……強う、なったね」
広島は消え入る表情で、語り出す。
褒め言葉であると同時に、敗北宣言だ。
赤い光が弱まって、拳の勢いが衰えていく。
負けを認め、勝負の場から逃げようとしている。
本気で放った右拳を、その身で受けようとしている。
今さら軌道は変えられない。勢い余って、顔にまで届く。
直撃すれば、きっと殺してしまう。頭を吹っ飛ばしてしまう。
ヘケヘケの治癒能力でどうにかできる領域じゃない。確実な死だ。
(このままいけば、勝てる。勝てるけど……いいのか、これで)
人を殺してはならない。
そんな約束を誰かとした気がする。
だけど、思い出せない。思い違いかもしれない。
約束した相手を思い出せないなら、約束を破ったことにならない。
(んなわけないだろ……っ!!!)
不意に込み上げてくるのは、自分と相手への怒り。
こんな結末は望んでない。あり得ない。あってはならない。
誰も殺さないし、互いに死力を尽くした決着じゃないと意味がない。
やることは山積みだ。その割には時間がない。できるのは、ワンアクション。
(一発で納得のいく決着をつけさせる……っ!!)
オーダーは決まった。手を抜かれて勝つなんてまっぴらだ。
後は何をするか。どんな行動を取るか。これに命運がかかってる。
じっくり考える暇もないし、真っ先に思いついたことを実行してやろう。
「――師匠なら諦めるなッッッ!!!!!!!」
ジェノは声を大にして、思いの丈を精一杯伝える。
広島を師匠と呼んではいないし、過ごした時間も短い。
だけど、戦い方を学んだ以上、誰がなんと言おうと師匠だ。
思い上がりじゃないのなら、広島も似た感情を抱いているはず。
師匠の自覚が少しでもあるなら、やる気になってくれるはずなんだ。
「…………」
すぐさま、正面にいる広島の顔色をうかがう。
表情に色はなく、心情を読み取ることはできない。
失敗すれば終わる。頭を吹っ飛ばして、殺してしまう。
(……図々しいかもしれないけど、俺は広島さんを信じるよ)
ただ、やることは全部やった。
後は彼女を信じて、やり切るしかない。
「――――っっっ」
ジェノは右拳を押し込んで、決めにかかる。
情けも、容赦もなく、本気で拳を打ち込んでいく。
(こい、こい、こい……。頼むから、食らいついてこい……っ)
嫌な汗が全身から溢れていく。
殺してないのに、殺したような感覚。
言いようのない罪悪感が全身を突き抜ける。
「……ふっ」
そこで聞こえたのは、乾いた笑い声だった。
生きるのを諦めたからか、開き直ったからか。
分からない。何を考えているか、理解できない。
その間にも、拳の拮抗状態は崩れようとしている。
「――――仕方ないのぉ。最後まで、付き合うちゃるわ!!!」
しかし、盛り返す。赤い光が、再び拳に纏われる。
広島は活き活きとした様子で、意思の力を取り戻す。
赤と銀。溢れんばかりの光と光が干渉し、反発し合う。
(あぁ……。この瞬間を待っていた!!!)
超原子拳は、ピーク時に爆発を伴ったような破壊力を生む。
その瞬間を、その発露を、光と拳は今か今かと待ちわびていた。
「「――弾けろぉぉぉおおおおおッッッ!!!!!!」」
ジェノと広島は、腹から声を張り上げる。
同時に互いの拳は発光し、ピークを迎えた。
空間そのものが破裂したような爆音と、閃光。
ひび割れた地面の破片が浮かび、消滅していく。
次第に粉塵が舞い上がり、廊下は煙がかっていた。
視界は悪く、何が起きたか伺い知ることはできない。
「「…………」」
ただ、徐々に粉塵は落ち着き、結果は明らかになっていく。
「……やり、ますね」
「……よう、やった」
二人はお互いを賞賛し、事切れる。
バタンという音が響き、決着はついた。
互いの体に欠損はなく、死者は存在しない。
起きたのはセンスのオーバーフローによる気絶。
結果は引き分け。この戦いの勝者は誰もいなかった。




