「をみなとはかゝるものかも」
mixiのコミュニティに「一行で笑わせろ」というのがある。ちょっと覗いてみたが、それで思い出したことがあった。
大昔のことである。小学校の給食の時間は四、五人机を寄せ合って一緒に食べるのだが、その当時、面白いことを言って、相手を笑わせ、噴き出させるという遊びが流行っていた。
この言葉は短ければ短いほど効果があった。ある時、私が「しんぶんがみ!(新聞紙)」と言った時だ、よほど上手く間を置いて発したのだろう、その時、M川ジュンコさんが飲みかけていたミルク(脱脂粉乳である)を飲み込み損ねて大いに咽せた。その咽せ方があまりに酷く、苦しそうだったので、周りの物は皆心配した。
私も責任を感じて、前屈みになっているM川ジュンコさんの背中を擦ってやった。普段見ている姿とは思いもかけず、その背中は華奢であった。擦る手に感じたのは薄い肉と一本の湾曲した細い背骨だった。男兄弟しかいなかった私は、(服の上からではあるが)女の子の背中に初めて直接触れたその感覚を今でも掌に覚えている。女の子って、こんななのだと。
昭和九年に、日野草城が俳句界に一石を投じた「ミヤコ ホテル」という連作がある。新婚初夜の様子を赤裸々に詠んだもので、賛否両論の大きな反響をもたらした。「けふよりの妻と泊るや宵の春」に始まる十句である。「枕辺の春の灯は妻が消し」など、イメージをかき立てられる句が続く。
その中の一つに「をみなとはかゝるものかも春の闇」という句がある。私はこの句を初めて読んだ時、それとダブるようにして、往時、M川ジュンコさんの背中を擦った時の、あの手触りを思い出したのだった。――実に遠い遠い昔の話ではあるが。
(2023. 2.22 mixiから)




