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成人式の思い出

 うん十年前、私にも二十歳(はたち)の時があった。

 しかし、その時、家は貧乏のまっただ中だった。

 父親の経営する会社が倒産して、持ち家を売り、小さなアパートに一家5人、身を狭くして暮らしていた時代だ。(本当は6人家族だが、兄は会社が倒産する前に地方の大学に行っていた)


 蛍光灯は寿命間近の哀れな点滅を繰り返していたが、すぐに取り替えられることもなかった。白黒TVのチャンネル(ダイヤル)はきっちり思い通りの位置に止まらず、画面が乱れるので、いつも中途半端の微妙な位置を探らなければならなかった。私たち子どもは、それをいかにうまく調整するか競い合っていた。


 古い冷蔵庫のドアは「バカ」になっていて閉まらず、開けた後は母親の桃色の腰紐で一々固く結び直さなければならなかった。

 和歌山県にいた親族が亡くなったと知らせが入った時も、電車賃がなく、私たち家族は誰一人参列できなかった。父親は借金だらけ。母親の着物もほとんど質に入っていて、もう、金を借りるところはどこにもなかった。

 すぐ下の弟は高校の修学旅行も行けなかったという記憶がある。

 会社としての社会保険料未納のため、差し押さえの張り紙をテーブルの裏に貼られたのもこの頃のことだ。


 ただ父親は「大学だけは出ておけ」と当時大学に在籍していた私は退学だけはせずにいた。アルバイトで学費を稼いだ。

 弟二人は高校生と中学生だったが、生活保護は受けなかった。それだけが唯一のプライドだと言えば聞こえはいいが……。


「成人式に行こうや~!」小さなドアのチャイムがピンポ~ンと鳴って出てみると、友人のHがちょっとオシャレな服を着て立っていた。ニキビ面にスーツみたいなものを着込んでニコニコ笑っている。

「Wも行くし、みんなで一緒に行こうや」

「……止めとくわ」

 成人式なんて、私には無縁のもののように感じていた。そんな晴れ晴れしい場所に持っていくような気持ちは、その時、どこを探しても私の心の中には見当たらなかった。もちろん、着ていく服も。

「なぁ、行こうや、面白(おもろ)いで」と、Hも結構粘って誘ってくれたが、どうしてもそんな気になれず、結局行かなかった。


 式が終わってから、再びHが来た。

「お前も来たらよかったのに。ほら、目覚まし時計もろたで」とうれしそうに言った。

 私はそれを聞いても何の感銘もなかった。二十歳(はたち)になったという喜びも、一人の社会人になったという責任感も湧かなかった。

 ただ、日当たりのよくない小さなアパートで自分の置かれている状況を噛みしめていた。


 * * * * * * * * *


 定年まであと数年となった頃、とある自治体で働いていた私は出向という形で、ある地域の社会福祉協議会の事務局長となった。

 成人式になると、地域で催される十数カ所の成人式に来賓として呼ばれる。

 そこで、「おめでとうございます」とあいさつをするのだ。

 皮肉なものである。こんな自分が胸に来賓用の赤い薔薇を付けてもらい、新成人の前に坐るのである。若者は着飾り、写真を取り合い、振る舞い酒に顔を赤くしている。会場は盛り上がって、みんな楽しそうである。


 しかし、ここに出てこない新成人も多くいるはずだ。

 もしかして、当時の私のように暗い、ひっそりとした小さな場所で、唇を噛んでいる若者もいるのではないか。そう思った。

 目の前の華やかな新成人と重なって、私にはそういう若者たちの姿も二重写しに映るのだった。

 

 ――この話は今日が成人の日だったと思い当たり、なぜか急に胸に迫るものがあって、はるか昔のことだが、当時を思い起こし書き留めたものである。


(2017年01月09日 mixiから)


26回に(わた)り駄文を掲載してきました。

拙い文に目を通していただいたすべての読者に感謝申し上げます。


mixiの日記には、くだらないことがまだ多く埋もれていますが、(はこ)にこれ以上詰め込むのは()め、今回で一旦蓋を閉じることにします。(鍵は掛けません)


今後、違った形でエッセイみたいなことを書ければ、と考えているところです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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