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女性と官能小説

 官能小説というのはまだまだ未開発の分野だと思う。

 特に表現方法についてそうである。表現技術と言ってもいいのだろうか。性的な行為を繰り返し語るのだから、同じ行為を描写するのに、手を変え品を変えて読ませなくてはならない。

 へたくそな文章は目も当てられないし、ありきたりな表現では見向きもされない。欲望を刺激する新たな表現が()()()()()()()()


 退職した後に官能小説を書いてみたいと思うオジサンがいるとはよく聞く話である。

 実は、昨年、私も官能小説を書こうと、参考のため、某所の紀伊國屋書店で「官能小説 用語表現辞典」(ちくま文庫)なるものを買った。

 帯には「噂の辞典がついに文庫本化!これ1冊であなたも官能小説家」とある。同じことを表現するにしてもボキャブラリーがこれほど必要な分野も他に見あたらない。

 いかに読者を「その気にさせる」かがまさに作家の腕の見せ所である。


 で、この本を買うとき、題名も題名だし、中身も中身だけに、若い女性の店員さんには渡すのは抵抗があった。が、カウンターの中には若い女性の店員さんしかいなかったのだ。

 やむを得ず、カウンター越しに本を差し出すと、彼女、私の顔をチラッと見て何か不服そうな顔つきになった。私がそう思っただけかも知れないが、本にカバーを掛けて手渡してくれるまでの間、何か気まずい雰囲気に包まれた気がした。


 女性は官能小説には興味がないのだろうか?

 大分前になるが、ある女子アナが趣味は官能小説を読むことと話していたことがあった。

 女性はまったく興味がないということもないのだろう。

 しかし、堂々と「私の趣味は官能小説を読むことよ」と言える女性も少ないのではないだろうか。


 ところで、官能小説は「その気にさせて」ナンボである。

 読み進める中で、読者の妄想の手助けができなければ「落第」である。

 表現方法とは別に、物語としてはどうなのだろう。あからさまな言葉だけではなく、それをも含むストーリーも当然官能を刺激するものでなければならない。

 で、思うのだが、男性と女性とでは「その気になる」表現なり文脈なりは違うのだろうか?


 将棋と囲碁とでは男性と女性、どちらに向いているかという問いに関して、男性は将棋、囲碁は女性であると誰かが書いていた。曰く、それはエクスタシーの問題であるとも。短く直線的な攻めの将棋は男性のエクスタシーに近く、長く続く余韻を楽しむ囲碁は女性のエクスタシーに近いという考えであったように記憶している。

 

 ある時、一人の女性に尋ねてみた。

 どういう展開がいいのか、と。

 彼女は少し考えてから「そうね、これからどうなるのかしらっていう、ドキドキ感がある方がいいわ」と答えてくれた。

 男は単純に行為自体が大脳辺縁系を刺激するような執拗な描写に興奮するみたいだが、女性はそうではなく、「これから私はどうなるの?」という不安と期待が交錯した内容に刺激されるのだろうか。

 男は言葉に、女はストーリーに、か?


 15,6年前に出た「十七粒の媚薬」(角川文庫)っていう本は、女性のための官能小説というふれ込みで、本の裏表紙にはこんなことが書かれている。


『人肌恋しい、眠れぬ夜。一粒の媚薬に酔いしれて、少女は甘美な世界の扉をたたいた。まだ潤いがのこる躯を優しく撫でて、儚い記憶の痕を辿るとき、少女は自分が女であることの悦びを、静かに噛みしめる。

 そして、今夜もまた、妖しい想いに魅せられて、少女は再び夢のなかへと落ちていく――。

 愛を旅する17人が、エロス表現の可能性を求めて綴る、17とおりの愛の形。あなた、どの媚薬を選びますか?』

 作者は村上龍、安西水丸、川西蘭、麻生圭子、秋元康、等々の17人。


 で、この本を一人の職場の若い女性に貸し出したのだが、評判が悪かった。こんなの全部読めないと。

 彼女にとっては、表現が刺激的すぎたみたいである。

 うーん、こんな内容でもダメなのか?  それなら、もう何を書いてもダメなのかも。


 しかし、いわゆる少女コミックや女性雑誌には(私はちょっとしか見たことはないのだけど)、あからさまなものが描かれていたりする。それが人気であるとも言われる。これはどうなるんだろう?


 また、若い女性にも人気のある村上春樹の小説なんか、SEX描写が一杯出てくる。しかも、結構具体的に。そんなのは抵抗がないのだろうか。


 ある女性に言わせると「村上春樹のSEXは体操をしているみたいな感じにしか思えない描き方だ」とのこと。全然いやらしくないのだと。

 もちろん、一つの小説の流れとして、人間の当たり前の行動としてのSEXを描写することは、性表現を検閲していた時代ならともかく、おかしいことでもなんでもない。


 では、いったい「官能小説」とは何なのか?

 ということになる。

 Wikipediaには「官能小説とは、男女間もしくは同性間での交流と性交を主題とした小説の一ジャンル。ポルノ小説」とあった。


 そう、「男女間もしくは同性間での交流と性交を主題とした小説」が官能小説であって、村上春樹の小説はそれを主題にしていない。ま、当たり前のことだが。


 結局、個人の好みの問題に帰ってしまうのか。こういうものを好む女性と嫌う女性と。(もちろん、男にも当てはまるのだろうが)


 私の身の回りには「それを嫌う女性」が多かったということになるのだろうか。


 山口椿の「雪香ものがたり」や「恋寝刃地獄聞書」なんかを読むとそれらしい(上質な)雰囲気は醸し出していると思うのだが、これなんかもおそらく好みの問題になってくるのだろう。


 うーん、難しい。もう少し突っ込んだ勉強しなくてはと反省である。

  とりあえず分かったことは、私にはまだ官能小説を書く資格はないということである。残念ながら。


 ※官能小説と呼ぶには抵抗はあるが、三島由紀夫の掌品に「牡丹」という小説がある。(新潮文庫「花ざかりの森・憂国」に収められている)これはいい。私の目指す官能小説の理想型の一つでもある。


 2010年03月11日(mixiから)



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