色鉛筆
小学校の頃、48色の色鉛筆が欲しかった。
その当時は48色の色鉛筆なんて、お金持ちの子どもでもほとんど持っていなかった。
それで何かを描きたかった訳ではない。
また、私はそんなに画が上手かった訳でもない。
ただ、単純に綺麗なものに憧れていた。
先を短く切りそろえられ、薄いボックスに並べられた生真面目な48本の色鉛筆たち。
淡く明るい色から暗く沈んだ色まで、美しいグラデーションは見ているだけで心が和んだ。
「象牙色」なんてあるんだ!
「象牙色」という言葉だけで豪華な感じがした。
眺めているだけでいい。
それを自分の手元に置いておきたかった。
当時、家の近所に同じクラスのS君という男がいた。
スポーツができて男前。
当然女の子にも人気があった。
彼はまた同時に美術のセンスも持ち合わせていた。
今でもあるのだろうか? 昔、小学校の社会の時間で白地図塗りというのがあった。
色鉛筆で塗るのだが、彼は見事な色使いで様々な国を美しく塗り分けた。
彼は国境を濃く描き、その国の中を同じ色で淡く塗った。
その濃淡はまさに芸術的であった。
別に48色の色鉛筆を持っていた訳ではない。
私達と同じ12色の平凡な色鉛筆なのだが、彼の手にかかると12色が48色以上の色となって、白地図が一枚の絵となって現れるのだ。
誰もが彼の塗った白地図を欲しがった。
宿題に白地図が出ると、翌朝女の子達は「見せて、見せて」と彼の周りに群がった。
みんなの期待に背かず、彼の描いた白地図はただ単なる地図ではなかった。
そこにはヨーロッパの国々がそれぞれ鮮やかな色で囲まれ、独立し、息づいて見えた。しかも周りの国々とバランスよく調和していた。
先生はいつも彼の白地図を褒めた。
S君のように塗ると綺麗ですよと。
S君が死んだのは20歳の時だった。
彼は高校を卒業し、工事師として電気会社で働いていた。
ある時、電気工事の現場で高圧電流に打たれ即死したのだ。
それはほんの一瞬のことであったらしい。
彼の身体を高圧電流が貫いた。
婚約者がいたという話を聞いた。
私は知らないが、きっと素敵な女性だったんだろうなと想像した。
そんな彼女を残して20歳の若さでこの世を去った。
おそらく天に嫉妬されたのだろう。そう思う。
色鉛筆を見るたび彼のことを思い出す。
白地図というものが今でもあるのなら、もう一度挑戦してみようか。
今なら48色の色鉛筆を買うことはできる。
(2007年01月31日 mixiから)