#5 『俺と彼女と図書室で』
「んで? 昨日はどうだったのよ?」
「え? なにが?」
あれ、デジャヴか?
このやり取り昨日もしたような気が………。
「何って、琴吹だよ。どうだったんだ?」
「あ~、刹那ね。 別に、普通だったけど…」
カバンを置き、席に着く。
同じく、海里も席について椅子にまたがるようにして
俺の方へと向き直る。
「普通って、なんかこ~あるでしょ?」
「ん~…。 細かくってことか?」
「そうそう。 日本人はアバウト過ぎんのよ。なんでもかんでも」
その日本人はお前もだろ。 というツッコミはさておき…。
細かくねぇ……。
「ん~、結局あの後どこに行くか決まらなくて…。
刹那が俺の家行きたいって言いだしたから、家でのほほんと
話したりトランプしたりして、刹那が途中で寝ちまったから
その間に夕食作って飯食わせて帰らせた」
これで、いいのか? なんか、ダイジェストっぽくなってるんだが……。
「ふむ……。 琴吹さん…、あなた本物のヘタレですね!」
「登校早々に海は私にケンカを売ってどうされたいのかしら……?」
「いや、だってねぇ……。」
海里は目の前で指をポキポキと鳴らしている刹那を見ずに
俺をチラリと見た後に刹那に向き直る。
って、ヘタレってどういう意味のヘタレだ?
「(家まで行って何もないってなくない?)」
「(いや、それは…、そのぉ……)」
「ダンナ、やっぱりこいつヘタレです」
数秒の二人の会話後。 刹那を指さし海里が言った。
「や、ヘタレの意味がわからんのだが……。」
「アホってことですよ。 根性無しともいうけど」
「なっ!!!! 私は根性なしじゃないわよ!!!!」
「毎度言いますが、自己申告は自爆のもとですよ。 刹那さ~ん。
そして、アホの方は訂正なしですか~? バカですね~。 刹那さ~ん。」
「くぅぅぅぅぅぅ…!!!!」
はい、今日も海里の勝ちっと……。
にしても、飽きないなぁ。 この二人も……。
「そういや、どうする? 天体観測」
「あ~、そっかそっか。 約束してたもんな」
話題変えというわけでもないけれど、そういえば
隣のクラスの天河音姫と天体観測をする約束があった。
いつにしようか……。
「海里はいつあいてるんだ?」
「俺は年中有休だけど?」
一応俺ら受験生な、海里。
まぁ、おいといて。
「残るは朱希奈と音姫の予定か……」
朱希奈は天文部の天体観測がない日ならOK。
音姫は………。 放課後にでも聞いてみるか。
「じゃあ、音姫に放課後聞いておくよ。とりあえず、今日はなしの方向で」
「りょ~かい~。」
先生が入ってきたので
一旦会話をやめ、HRへと移る。
「あ~、今日の日直……。 高嶺、だったな。」
「え…あ、はい」
先生に呼ばれたのでちょっと驚く。
HRで先生に呼ばれることなんてめったにないんだけどなぁ……。
「今日、放課後図書室の本棚整理を頼む。
夏季休校になる前の掃除だ。 隣のクラスの日直と2人でやってくれ。
以上だ」
先生は、俺に反論の間を与えることなく去ってしまった。
なんだよ、図書室の本棚整理って…。 図書委員とかいるだろ……。
「あ~、この時期あるよな…。 確か、3年が毎年やってるらしいな」
「テスト期間だから、図書委員もいないしね…」
説明ありがとう、二人とも。 そんなこと微塵も知らなかった。
「ま、頑張れよ。 一星。 お前の分も放課後俺は有意義に過ごさせてもらう」
「頑張ってね一星。」
こういうときは仲間意識が途切れるのか……。
と、なんとなく世の中の底辺を目の当たりにする俺であった。
そして、放課後。
「んじゃ、また明日な」
海里と刹那に一声かけた後、図書室へと行く。
なんで今日、日直なんだよ…。
まぁ、いまさら言っても遅いか………。
「失礼します…」
テスト期間中。 しかも、今日は掃除の日だと知っているのか
図書室には人が一人もいなかった。
ただでさえも、この高校の図書室は人気が少ないのだが
今日はより一層引き立っていた。
「あ、貴方が整理の……、って…。 いっくん?」
「え、あ…。 音姫」
いっくんと呼ばれてすぐに音姫だとわかる。
なんだ、隣のクラスの日直って音姫だったのか……。
「いっくん、今日日直だったんだね」
「ふぅ~…。 お互いついてないな」
「そうかな? 意外と整理も楽しいよ?」
あの時の笑顔のように笑いながら整理を進める音姫。
それを見て、俺も手伝う。 っと、忘れてた。
「そういえばさ、音姫は明日の夜は暇?」
「うん。 空いてるよ? あ、もしかして天体観測?」
「そそ。 約束したからさっそくしようと思って」
「楽しみだな~。 何か持ってくものとかある?」
「ううん、手ぶらでいいよ。 いつもそうだからね」
まぁ、手ぶらでの天体観測ってちょっとおかしな気もするけど…。
これが俺等の天体観測だからしょうがない。
「そっか~。 あ、そうだ。 この前いっくん、友達2人って言ってたよね?
あれって、一人は海里さんだとして…もう一人は刹那さん?」
「いや、違うよ。 俺たちの1つ年下の2年生。
刹那の妹のこと。」
「へ~、刹那さんに妹がいたんだ~」
「ああ、姉と違ってしっかりしてる妹だよ。 抜け目がないからなぁ…」
まぁ、一つを除いてだが…。 それはまた別の機会で語ることにしよう。
「早く会ってみたいな~。 仲良くなれるかな?」
「なれると思うぞ。 ああ見えて結構気さくだから」
まぁ、いろんな意味でおもしろいコンビになるかもしれないな。
朱希奈と音姫。 俺も早く見てみたいかも……。
「いっくんは、星は何が好き?」
「星……? う~ん、金星かな?」
「え、なんで?」
「俺の名前の由来。 金星って一般で言う一番星の事でしょ?
母親から授かった名前でさ。 名前が気に入ってるってわけじゃないんだけど
ちょっと、金星にはなんていうんだろ、執着心? みたいのがあって…。
って、これじゃあ好きの理由にならない?」
「ううん、そんなことないよ!」
「そういう、音姫はどうなんだ?」
「う~ん……。 わたしもね、いっくんと同じような感じなんだけど……」
音姫は一番上の本の整理が終わり、本を運んでからもう一度口を開く。
「夏の大三角のベガかな?」
「こと座の一等星の?」
「うん。 七夕伝説の織姫さまのことだよ。
わたしの名前の姫は織姫さまからきていて、
音っていうのは竜宮城の音姫さまから。
うちのお母さんはえほんの童謡作る作者さんで
お父さんが天文学者だからって」
とても、楽しそうに話す音姫につい唖然としてしまう。
って、父さん天文学者さんなのか……。
言おうか、言わないか、迷って、結局口を開いた。
「……俺の母さんもさ、天文学者だったんだ。」
「へぇ、そうなんだ! だから、星の名前なんだね。」
「まぁ、もっと違う意味もあるみたいだけど、詳しく聞いたことはないなぁ……」
帰ったら聞いてみるか……。 でも、父さん、母さん関連の事話すと
ちょっと機嫌悪くなるからな……。
「でも、そうなると…遠いなぁ……。」
「ん? なにが?」
「わたしといっくん。 金星は全天中1番明るいでしょ?
わたしは、全天中5番目だから、わたしの前には4つもいるんだよ。」
「はは、そう考えるとそうかもしれないな…」
やっぱり、おもしろい。 それに星にも詳しいみたいだし。
「うぅ……。 憎き火星め…。」
「いや、その前に、シリウスとカノープスがあるから……」
「あ、そっか。 でも、金星の次に明るいのは火星でしょ?
だから、敵は火星~」
「はたして、ベガは火星に勝てるかな…」
「もう、そんなうしろ向きじゃ駄目だよ。 いっくん。
ベガは日々進歩してるのです! ………たぶん」
「あははははは」
「えへへへへへ」
図書室に二人の笑い声がこだまする。
本当に音姫はおもしろい。
「でも……。 もし、本当に火星の次に輝けたのならわたしは……」
「………………?」
急に、声のトーンが下がり悲しそうな顔をする。
そのせいか、声も聞きとりにくくてなぜ、彼女がこんな表情をするのか
俺には分からなかった。 けど……。
「じゃあ、ベガが金星の次に輝けるまでずっと空を見続けようか」
「え…?」
それが、何年、何十年、何百年、何千年……。もっと先かもしれないけど…。
「一緒じゃなくてもいい。 空はつながってるから、
死ぬまで星を見れたらいいよな。」
「う、うん!」
よかった。 さっきの悲しい表情はなくなったみたいだ。
「よ~し! 生きてるうちにベガを月より明るくするよ~!!」
「そして、その次の敵は太陽か~? って、金星越してんじゃん…」
「はは、そのくらいの心意気がないと銀河系では生き残れないのです」
「さよかい。 ま、頑張れ」
「む~、上位の余裕見せちゃって~。 いつかベガだって
一番星になるんだから!」
こうやって、ムキになる音姫のことを純粋に可愛いと思った俺は変だろうか。
いや、もうそれ以前にへんかもしれないけど…。
「ん、じゃあまずは、図書室を片づけてからにしますか……」
「うへぇ…。 そういえばまだ全然終わってないよぉ…」
「下校時間まで残り少ないな。 さっさと終わらせよう」
「金星との勝負の前に、本体がへばりそう……」
少し文句を言いつつも、気がつけば音姫は笑顔だった。
うん、やっぱ笑顔の方がいい。
って、何オヤジクセーこと思ってるんだ俺は………。
そんな微妙な心をのこして、今日が終わった。