#9 『俺と悪友と俺の過去』
「なぁ、一星。」
「うん?」
勉強会の翌日。
俺と海里は互いに向かい合って勉強をしていた。
無論、刹那用のプリントや問題集はもう終わった後である。
そんな夕方過ぎに海里に話しかけられた。
「お前は結局どこの大学に行くんだ?」
「唐突だな。」
「いや、俺もお前も勉学の成績が悪いわけじゃあないからな。
そろそろ悩む時期かと…。」
ふむ。漠然と理系の学校とは思っていたが
いざ、聞かれるとコレだ!という学校は思いつかない。
「海里は、就職だろ?」
「おう。 公務員試験でも受けてみようかと思ってな。」
いつだか、就職組と言っていたからそんなことだろうとは思った。
「警察事務とか?」
「そうだな。 警察官の試験も一応受けてみるけど、本命は事務かな。」
わりと将来のことについて考えているんだなぁ、海里。
俺はとりあえず、大学までに考えればな。
なんて思ってる。
「ふ~ん。 ちゃんと考えてるんだ。」
「もう6月だからな。」
それを言うと、海里はまた数学の勉強へと戻っていった。
俺はというと、古典の勉強に集中できなかった。
進路かぁ……。
星は好きだ。
天文学者とか、プラネタリウムの開発とか、興味はある。
けれど………………。
けれ、ど……。
「はぁー…。」
「もしかして、気にしたか~?」
「ちょっとな。」
ため息が聞こえたのか、海里は俺の方へ言葉を投げる。
俺はキャッチして送り返してやった。
「ったく、まぁ、お前の良いところだけど、悪いところだよなぁ。」
「なにが?」
「そういう、中途半端なところ。」
「……………。」
海里はお見通しか。
「まだ、引きずってんのか?」
「別に。 ただ、自分が同じ職業に就くってあんまり考えたくないだけだ。」
「親父さんのためか?」
「…………、俺が臆病なだけだよ。」
そう言うと、俺はベッドへとダイブする。
海里に30分後に起こしてくれ、と言って目を閉じた。
俺には、母さんがいない。
正確にはいなくなったのだ。
この世にいない。 もう存在しない。
存在していると表記するならば、それは
俺と親父の心の中だけのことである。
俺の母さんは、天文学者だった。
本も書いている有名な天文学者で
知名度もそこそこあった。
テレビなどで取り上げられ、宇宙関連、正座、流星群なんかの解説では
よくニュースにも出ていた人だった。
父さんと出会ったのは宇宙ステーションでらしい。
父さんは今でこそ都心部で働くサラリーマンだが
月にも行った宇宙飛行士様である。
そんな二人の間に俺は生まれた。
俺を産むと、母さんは天文学者の研究側から観測側に移動して
この町へと来たのだ。
父さんとは基本、1年に何回かしか会えなかったので
子供の頃の記憶は母さんがすべてだった。
大好きな母さん。
その母さんを失ったのは3年前。
7月7日。
七夕の日に、織姫と彦星が会う満天の星空の中
俺の母さんの一生は終わりを遂げた。
なんでも、子供をかばったらしい。
歳は俺と同じくらいだといっていた。
その子の事を詳しくは知らない。
病院に運ばれた母さんは、懸命に生きようとしていたらしい。
しかし、俺がたどり着いた時にはもう息を引き取っていた。
あの日、毎年短冊に書いている願い事。
いつも、家族皆で夜空を見れますように。
と毎年書いていた願い事が、
母さんが生き返りますように。
と、書いたただ一度きりの年だった。
父さんはその後、宇宙飛行士を辞めて、今の会社に転職をした。
それ以来、俺は母親との思い出の品でもあった望遠鏡を
覗けなくなってしまった。
星をいつも見ているのは母さんへの報告。
星を見上げればいつでも母さんに会えると思ったから。
だからこその天体観測。
高校で天文部に入らなかった…。
いや、入れなかったのは望遠鏡があるから…。
だからこその帰宅部。
自分でも、逃げてるって思った。
でも、海里は共に、帰宅部を選んでくれた。
朱希奈は俺がいつ吹っ切れてもいいように
天文部をまとめ上げ、今では部長になってくれていた。
刹那はいつも俺に気を遣ってくれていた。
俺はというと、
まだあの3年前の七夕から、一歩も動き出せてはいなかった。
そして、まだ、動き出す時では、
動き出せる時では、なかった。
「30分。」
「ああ…。」
結局、昔を思い出していたせいで、眼を閉じただけになってしまった。
それでも目の疲れはいくらかとれたようで
気分は先ほどより落ち込んではいなかった。
「さっきよりは気分よさそうだな。」
「そうだな、サンキュー。」
その後、海里が帰るというまで、俺は一言も口を開かなかった。
簡単な人物紹介 partいくつでしょうか?笑
高嶺仁
一星の父。
元宇宙飛行士
現サラリーマン
高嶺流南
一星の母。
天文学者
3年前、7月7日他界。
ここから、ちょっとずつこのシリーズの奥へ奥へと入っていきます。