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学食にて

 ーーそして休み時間のこと。

「よろしいでしょう、姫。頂いたご提案の内容はこれで充分だと思いますし・・・」

「ですから、わたくしはその件に関しては傍聴者オブザーバーに過ぎません。まずは委員会の方で必要な資料をまとめた方がいいと思います」

やっと待ち焦がれた休み時間なのに、気付けば後輩たちに囲まれていた。

「ですが、姫。ここまで明確な答えが出てしまっていますのに・・・」

去年、私は頼まれて環境委員会の委員長を務めていた。今は代替わりしてこの子達は後輩だ。

時折、そのよしみで手伝いのようなことをしているのだけれど・・・。

彼女たちは先日私が出したアイディアを、検証もしないでそのまま採用しようとしていたのだ。

「一見明確だと思える内容でも、検証作業は必要だと思います。そのための裏付けがなされないと云うのなら、わたくしのどんな意見も価値がありませんわ」

人の言葉を鵜呑みにして、一足飛びに結論に結びつけようとする・・・この子達をそんな風に鍛えたつもりはなかったのだけれど。

私が言ったからって、その意見が確実だとは分からないというのに。どうしてこの子達にはそれが解らないのだろう。

「おやおや、ひめも大変そうだねぇ」

見兼ねたのか、それとも面白がっているのか寧々さんが声をかけてきた。

「寧々さん・・・。もう、どうにかならないかしら?」

私が大仰にため息をつくと、寧々さんはいつものように笑う。

「いい感じに附けを払ってるね、ひめ。ま、そこは私に云われてもね」

「附け、ですか・・・」

確かにそうだ。きっと私は甘やかしすぎるのだろう。

桜ノ宮の娘として、学園創立者の一族として、どう振る舞うべきなのか。

そんなことを考えながら、みんなが作り上げた『姫』という名の幻想を共有してきた。

私が姫になったわけではない。まわりが姫としてこうあってほしいという幻想を私に託しているのだろう。

そして、私は己の利己でこの『姫』という立場を享受している。それが罪悪感となって、周囲への甘やかしに繋がっているのだろう。

私は心を鬼にして彼女たちにこう答えた。

「いいですか?わたくしの助力を乞いたいというのなら、最低限貴女方がわたくしの理論の下支えをして下さらなければなりません。その作業を怠るというのであれば、わたくしは貴女方に今後一切協力はいたしません。よろしいですわね?」

「「「は、はい!!」」」

私が一転して厳しめの言葉を放つと、取り巻いていた後輩たちは驚いたようにそう答えて蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

「ん、もう・・・」

どうしてそこまで云わないと解かってもらえないのだろう。

「ふふ、格好いいですね。姫依さんは」

「・・・・・っ!?」

軽く断奏スタッカートで跳ねたような、柔らかな笑い声を聞いて、私は思わずその場で飛び上がりそうになった。

「み、みみ、深月さんっ!?」

「ごきげんよう、姫依さん。あっ、姫とお呼びしたほうがよろしいのかしら」

顔が熱くなるのが感じる・・・多分、いえ間違いなく!赤くなってますわよね!?

「い、いえ、あの・・・お恥ずかしいところをお目にかけてしまいました・・・」

出会ったばかりだというのに、よりにもよってこんな粗野なところを見られてしまうなんて。

「そんなことはありません。下級生をしっかりと指導する姿は如何にも姫という感じだと思いました」

「そ、そう言って頂けると・・・ですが、あの」

「・・・?」

「折角お友達になって頂こうというのです・・・姫とお呼びになるのは他人行儀ではありませんか?」

「ああ・・・そうですね。では、姫依さん」

「・・・はい、ありがとうございます」

「ぷっ・・・ほんとタフだよね、ひめは」

私と深月さんのやり取りを見ていた寧々さんがそう云って笑う。

「わざわざお二人揃って仰有らずともよろしいではありませんか・・・それに精悍タフだなんて『姫』に対する形容詞としては優雅さに欠けますわ」

「そうだなー。姫っていうのは、本来はもっと我儘で、愛嬌のある存在でしょ?そんなにタフなのは、『聖女』とかに改名したほうがいいかもね」

「まぁ寧々さん、姫にそんなこと・・・」

「本当ですわ・・・」

周りの生徒たちがそう寧々さんに云った。

「はいはい、申し訳ございません」

ーー実際この『姫』には精悍タフでお高いイメージがあるのだろう。おかげでこの通りだ。

今や私に直言してくれるのは、寧々さんくらいしかいなくなってしまった。

彼女たちにとって、私の存在は『姫』であって、『姫依』ではないのかもしれないーーそんなふうにも思えてくる。

そうだったとしても、彼女たちをそうさせてしまったのはきっと私自身なのでしょうけれど。

「あっ、落ち込んでいる場合ではありませんでした・・・深月さん!」

「えっ、はい。なんでしょうか?」

「お昼ご飯!ご一緒にいかがでしょう!」

「は、はい・・・承知しました」

もっ、もう取り繕っても仕方ありませんものね・・・ふ、ふふっ・・・うぅ。

そして私たちは三人で食堂にやってきた。

「じゃあ食べようーー父よ、貴方の慈しみに感謝して、この糧をいただきます。どうかこれを祝福し、我らの心と身体の支えとして下さい。アーメン」

寧々さんの言葉は後半はかなり早口になっていた。

「アーメン・・・。もう、寧々さんはいつも食事の時は気が急いてますわね」

「ふふ・・・アーメン。いただきます」

寧々さんはざっくりとした食前の祈りを終えると慌ただしく箸を伸ばす。

私が深月さんを学食に案内しようと思っていたのだけど、聞けば昨日のうちに歩いて回ったとのことで、目論見は残念ながら潰えてしまった。

「深月さんは何をお選びになったのですか?」

「鶏肉の煮込み(フューナーラグー)と書いてました。鶏肉のスープ料理でしょうか」

フューナー・ラグーは、この学園と姉妹校の協定を結んでいる学園があるオーストリアの郷土料理だ。

そんな理由で、学食のメニューの約三割がハンガリー・オーストリアの料理なのだ。

「ああ、それ美味しいよ。寒いときに食べたい感じだけど」

「季節を間違えたでしょうか・・・ふふっ、まぁ美味しければ私はあまり気になりませんけど」

初めて食べる料理なのか、深月さんはそう云って楽しそうにスープを口にする。

不思議と、普段のクールさが身を潜めているように感じられる。

「・・・深月さんは、お食事がお好きなのですか?」

「はい・・・?え、ええ・・・そうですね」

私がそう質問をすると、深月さんは動きを止め少し怪訝けげんそうな表情になる。

「ひめ、大丈夫?なんか舞い上がってる?」

「えっ、質問、変・・・でして?」

「食べるのが嫌いって答えるのはあんまりいないかなぁ・・・ああ、でもダイエット中とかならあるのかな」

寧々さんにそう云われて、自分があまりにも当たり前なことを聞いてしまったことに気が付き、思わず頬が熱くなる。

「も、申し訳ありません・・・その、深月さんがあまりにも楽しそうに召し上がっていらっしゃるので、つい・・・」

「そ、そんな顔・・・していましたか・・・?」

「あー、そういや深月さん学園ではクールな感じ出てるもんね。寮じゃもう二日目にしてお母さんのポジションにつこうとしてるんだけど」

「いえ、別にそういうわけでは・・・」

深月さんがお母さん?

「お、お母さんポジション・・・ですの?」

「昨日、寮母さんが出先で大渋滞に巻き込まれちゃってさ。寮生みんなの夕食の支度が絶望的って状態になっちゃったんだけど、そこに入寮初日の深月さんが颯爽と現れて・・・!」

「や、やめて下さい、寧々さん・・・」

「・・・では、深月さんが寮母さんの代わりにみなさんのお夕食を?」

「そうなんだよ。しかもこれが美味しくてさ!寮生全員に衝撃が走ったからね。ああ、これがお袋の味か・・・って」

「まぁ・・・!」

「いえ、そんな大層なものでは・・・もう、食事が冷めてしまいますよ」

「はいはい・・・ひひっ」

人は見かけによらない・・・こんなにクールそうな深月さんが、そんなお母さんのような優しい食事を作るなんて!

ここはいわゆるお嬢様学校である。

マナーには他の学校よりもうるさい。

何より、学校側で指導されなくとも家で厳しく躾けられている子達がかなりの割合を占める。

そこに、普通の学校からやってきたというのに、このマナーの完璧さ。

深月さんはいったいどういった人なのだろう。

「深月さんは、マナーもしっかりしていらっしゃいますね」

私がそう尋ねると、彼女はちょっと苦笑してから恥ずかしそうに微笑んだ。

「・・・そうですか?そう云っていただけると、特訓の日々も無駄ではなかったということでしょうか」

「特訓・・・なるほど。それは大変でしたでしょう。ですが、そういえば何故このような時期に?」

そんな修練を積んでまでルチアナにやってきたのはなぜだろう。そんな疑問が湧いた。

「ええとですね、ここは母の母校だったそうで・・・」

「まあ・・・」

「一年で構わないから通って欲しいと頼まれたのですが、思っていた以上に勝手が違うものですから・・・これは暢気のんきに安請け合いするものではなかったかなと・・・」

「そんな!深月さんほど優美な方はこの学院でも稀ですわ!それに・・・もしいらっしゃらなかったらこうしてお逢いすることもなかったわけですし・・・」

「姫依さん・・・ふふっ、そうですね。そう云っていただけると苦労の甲斐もあったでしょうか」

深月さんは、慌てる私にも優しく笑いかけてくれる。

「なんだかお見合いみたいで面白いね、ひめ。そのうち、ご趣味は?とか、子どもは何人ほしいですか?とか聞きそうだな・・・」

「な、なんですかそれは・・・まあ確かに、一方的に質問をしすぎかしら、とは思いますけれど・・・」

そうですわね。深月さんも、いきなりこんな根掘り葉掘り聞かれるのはお嫌かもしれませんし・・・。

「ま、まあまあ寧々さん・・・確かにこんな時期に編入なんて、私だって、きっと普通におかしいと思うでしょうから」

「深月さん・・・」

ああ、だめです姫依。困らせている当の深月さんにまで助け舟を出させてしまって・・・ですが、それが不思議と嬉しいと思ってしまっている。いいえ、だめです・・・。

「はいはい、ご馳走様・・・まあ後は二人で適当にやって。あたしは陽向いもうとと約束があるからさ」

私が深月さんに見蕩れていると、肩をすくめて寧々さんが席を立った。

「もう、寧々さん・・・っ!」

席には私と深月さん、そして物珍しそうに見守る沢山の生徒たちが残った。

「・・・深月さん、その、よろしければ少々散歩などお付き合いいただいても?」

・・・って!何を云っているんですの私は!?これでは本当にお見合いみたいではありませんか・・・!

「はい?えぇ、構いませんけれど・・・」

「その、ありがとうございます」

寧々さんにペースを乱されっぱなしですわね、私・・・そもそも会って間も無いのですからお互いに質問責めになるのは仕方ないではありませんか。

・・・お互いに?深月さんは、私のことは何も尋ねてなんて。

・・・お互いに。そうですわよね。


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