ギルドマスターのお願い
皇都の冒険者ギルド2階は職員の私室として使われている。
他の町や村なんかだと宿や酒場としての機能を持っているため、少々珍しい。そうしない理由は単純に需要がないからだそうだ。
案内されたのは一番奥の部屋で、ドアの横にはギルドマスターと書かれたプレートが貼ってあった。
中は・・・まぁどうということもない。目を引くものがあるとすれば、仕事道具と主人に似合わない書類を積んだ机ぐらいか。
「そんで・・・? ありゃどういうつもりだ?」
奥のソファにドッカと座ったギルドマスターことブロンソンに、
「どういうもなにも。そのままですよ」
手短に経緯を伝えた。
話を聞いては、どういうことだ⁉ とか それでいいのか⁉ とかいう姿はギルドマスターらしいといえばらしいのか?
そしてしばらく、ウーン・・・といったような唸り声しか出さなくなった。山賊頭と言われた方がよほどすんなり来る絵面だ。
「・・・・・・・・・よし! 分かったぞ!」
ようやく唸り終え、
「お前さん。教育係やれ! あと部屋の主よりくつろぐな‼」
訳の分からないことを言い出した。
「どういうことですか?」
寝転がっていたのを座り直しながら尋ねる。
「いやな、最近どうにもキナ臭くてな。お前さんの力を借りたいんだ」
「・・・・・・どういうことですか?」
「すまん。順を追って話す」
そこから最近の皇都および冒険者ギルド皇都支部まわりの出来事を聞かされた。
要約すると、
「教育係が決まらねぇと・・・」
「・・・まぁ・・・そうだ」
色々言ってたが一番の問題がこれだ。
「任せたやつがなぜか直ぐやめていくと」
「あぁ。ワシもこいつならってんで任せたんだがな・・・。なぜだか皆辞めちまってよぉ」
「うるさくしすぎたとか」
「子供じゃねぇんだ! 事務的なこと以外は任せてたさ!」
「指導に口をはさんだとか」
「そりゃぁ最初は見たしアドバイスもしたが・・・」
「世話焼きすぎてウザがられたか」
「辞める理由を聞いたんだが、全員要領を得ねぇ感じでなぁ。一人二人ならまだしも、ここ数年で十人以上だぜ? こっちも気ぃ使って必要以上は話してねぇし、必要なことも受付とかを通してたんだ・・・それだけってのはねぇはずだ」
理由を言わずに辞めるというのは確かにおかしい。教育係になるのは大概が元冒険者だ。やめた後の仕事として教育係はおいしい仕事だからだ。ギルドマスターがうざいからという理由なら・・・まぁ分かるが。このおっさんはかなりのお節介で世話焼きだ。構いすぎというのも十分に考えられた。だが、流石に何年も改善しないなんてことはない。何せ世話焼きだからな。
となると、
「圧力。か」
「おそらくなぁ」
ギルドマスターになるぐらいだ。能力はある。当然、そのあたりもある程度調べたはずだ。
そこでこの話ってことは・・・
「貴族が裏にいるってことですか?」
「正確なことはわからんのだがな。おそらく政治屋だ」
「冒険者相手に?」
「どういうつもりかはわからん。ただ調べた結果だ」
ブロンソンはギルドマスターだ。だが、以前は教育係として駆け出しの面倒を見てきた元冒険者でしかない。そこに貴族だなんだといわれても出来ることなどほとんどない。ここ数年はかなり悩まされたことだろう。
しかし、今目の前に転がってきた獲物は教育係として育ててやった”元”冒険者。ついでに言えばどこの誰だかについてもバッチリ抑えている。まさに渡りに船。絶対に逃がさん! そんな感じの表情でこっちを見ている。
「ご自分でやったらどうですか教官?」
「体が足りんわ! 見ろ! この書類の山を‼ これ以外にもやることは山ほどあるんだぞ‼」
「でしょうね。書類仕事も遅そうだし・・・」
「他に頼める奴はおらん! お前さんならそのあたりもうまくやれるだろう⁉」
少なからず世話になった相手の頼みだ。邪険にするのも気が引ける。
「・・・・・・やることも決めてなかったんで、いいですよ」
「よぉし‼ 決まりだな!」
小躍りでもしそうな雰囲気で体躯に似合わない素早さで持って書類を取りに行く。
そんな姿をみながら、
「まぁ・・・実家に帰るよりはマシ、か?」
ただ流されただけの現実を受け入れるのだった。