side―――ケイ&ケイト
―――ケイ
あたしは――きっとこの日の事を忘れない。
忘れられないだろう。
己の不甲斐なさを知った日だった。
自分達の都合で使ってもらったにもかかわらず、任せられた仕事も全うできず、しかも怪我人を出して満足に返すことさえできなかったその日に。
同一人物とは思えない動きを後から見せられたんじゃぁ息が苦しくなる。
圧巻だった。
何百人と人が入り乱れる中で、無音の瞬間なんてあるはずがない。
なのに、他の音が聞こえないほどの足音が、あるいは衣擦れの音が、場を席巻していた。
あたしはその輪に入れもしなかった。
あまりにも偉大過ぎる背中を見せられちまった。
隣で呆けるように見つめる聖女様さえ、羨ましくなっちまうくらい惨めさを食んだ。
敵と向き合う兵士達がさ、まるで別人なんだから。
始まりは違ったんだ。雰囲気が変わったと思える瞬間さえ、各々の動きはそれぞれの最善だった。
それは当然、画一の動きであるはずもなく、揃う見込みなんてなかった。
けど、敵を引き剥がしてからはどうだい?
敵が動けば先に突き、敵が止まれば前に出る。
そんな細かい指示は出てないどころか、声に出した指示なんて、なにも。
ただ事実として、隊列は正確にそれを繰り返して。
ついには敵が下がり出す。
突き動かされたわけじゃないはずさ。誰も、動いてなかったからね。なのに敵が前線を下げるってことはつまり、気圧されたってことだろう?
操られているはずの敵がさ。
より正確で、より精密で、より誠実な兵隊によって。
奪われたはずの感情、怯えってのを呼び起こさせたんだ。
そんな馬鹿なことはないよ。
だってそんなさ・・・異常を上書きするような。そんなことを求められてたなんて思わないじゃないか。出来るとも、思わないじゃないか。
―――ケイト
兵法の本を読んでいて一番、不可能だと思ったことがあった。
それが『心を通わせること』だ。
『指揮官となるならば、前線の兵と同じ気持ちをもって戦況を見よ』
そう書いてあった。
でも、そんなことは不可能だと思った。だってそれどころじゃないから。
実際に指示を出す側に立ってわかったこと。
見ればわかるは妄言だ。
私達は鳥じゃない。
上から見下ろすなんて出来ないし、出来たとしても。個人の能力やその差までは分析できない。なによりそんな時間を与えてはくれない。
遊戯盤じゃないんだから、長考なんて選択はない。
考えている時間に仲間が死ぬ。そんなこと、耐えられる人の方が少ないに決まってる・・・そう思った。
それは間違いじゃない――それだけは今でもはっきり言える。
――でも!
まさか目の前で体現されたら否定できない。
私だって戦ってる。敵から目を放しちゃいけない。そんなことわかってる。
なのに、どうしても目を奪われる。
なんで敵の動き、その起こりを的確に止められるの?
どうして敵の動きが止まる瞬間がわかって、その間に前に進めるの?
どうやってそれを全員に伝えて、尚且つ実行までさせてるんだろう?
一糸乱れぬ完璧な連携。
それが練習の賜物じゃないことは既に知っている。
現場の人間だけでそんな事ができるなら、指示を出す人間なんて要らないから。ちょっとの指示や合図だけでそんな事ができるなら、もっと早くに数の差なんてひっくり返せたはずだから。
本職の人が見たら悔しいと思うのかな?
私はただ、凄いって言葉しか出せない。
思わず見惚れてしまうほど・・・でも、それは私だけじゃなかった。
ジェイドだって、エイラだって、キューティーだって、リミアちゃんや、ヨハン君も。
それだけじゃない。
私達を取り囲む敵だってそうだ。
目を離せない。
憑りつかれたように、操られているように、視線だけは外せない。
その一挙手一投足を見逃せば、多大な不利益を生むような怖さがあった。
だからかな? 気が付いたら、攻撃は来なくなってた。
それどころか、私達の周りにいたはずの敵は、拘束されて動けない人達を除いて、誰も居なくなってた。
私達は隊列の外れ、一番外側にいる。
脅威度の低さも相まって無視されたんだ。
じゃあその敵はどこへ?
逃げたりは出来ない。操られてるんだから仕方がない。
そうなると、どこへ行くかは明白になる。
私達を取り囲んでいた人達は壁になりに行ったんだ。
指揮官を守る使い捨ての壁に。
歪に並ぶ線が、それを証明していた。




