side―――ユノ
私が歩んできた人生の中で、今が一番似つかわしくない時間だと、お爺様に笑われている気がします。
悪い意味ではありません。
ただ、お父様達と別れてから・・・教会の中だけで生きてきました。
学校や家でさえ教会と深い結び付きを持つ場所で。
そんな中では、運動という行為はどうしても重要度が下がると言いますか。そういう授業も少なく、あっても長く歩くであるとか、その程度のもの。
昔の巡教者様はあちこち歩きまわったそうですから、伝統ではあったんですよね。
でも、そんな人達も。
これだけの人数を引き連れて先頭を走ったことは無いはずです。
壁を崩し、矢を撃たれ、追いすがられながら、それでも先頭を走る。
そのような経験は今後も、そう簡単に起こり得ることはないでしょう。
私は今、そんな経験をしています。
そうであるにもかかわらず、体が軽い。
心よりもずっと。
その原因はゼネス様でしょう。
きっと、ゼネス様は魔法の力だと言うでしょうが、私にはそれ以外もあるように思えます。
それこそ思いやりのような、暖かい感情。
内から湧き上がるような安心感が私の背中を押してくれているんです。
だって・・・・・・怖くないわけがないじゃないですか。
精神を乗っ取るだなんて。その兆候があるだなんて。
それが私で、それが鍵だなんて言われたって。
お爺様の死を思えばこそ。忘れることも、目をそらすことも、私には――。
導かれるというのならば、どこの誰とも知らないドラゴンではなく、私とお爺様や教会を捨てたお父様でもなく。
お爺様と一緒に悪だくみをして、時には子供のように悪態をつきあって、神様のような力を与えられながらも、人として。そして、出来ることを出来るだけ頑張って生きる。そんなゼネス様がいいです。
だから、私はゼネス様のお言葉を信じて走りました。
私が見つけた結界がそこに在ると、それが必ず役に立つと、そう信じて。
走りにくい路地裏を、走りにくい修道服で、2重に足元を気にしながら。先へと急ぐと突然、誘われるような囁かれるなような感覚と正面衝突します。
――結界。
それも、教会のものとは違う気持ちの悪さを感じる結界。
確認のために他の皆様に道が見えるか聞いてみますが、誰も同調してくれませんでした。ゼネス様でさえも。
試しに片腕を伸ばしてみます。
当然ですが阻まれることはなく、結界の中へと入り込んだ手に何か、熱のようなものを感じるだけ。
しかし皆様にはどうも壁に見えているようで、驚いた反応が広がります。
なんでしょう? とても嫌な感じがします。
お父様とお母様が居なくなってしまった次の日のような。
ハッキリとは覚えていませんがそんな、どうしようもない欠落した感じがします。
けれど、そんなことを言ってる場合ではありません。
今にもゼネス様達は私のために時間を作る策を施してくれています。
どうにかこの結界を改変して、全員を通れるようにしなくてはいけません。
鍵というのはきっとこの時のため。
そのためには、そのためならば、私は―――。
一番早く、単純で、効果的な手段を取ります。
不安なんて、気にしなければないのと変わらないんですから。




