引き退く者
キリよくと思ったら短くなってしまった
人の少ない冒険者ギルドに少女の叫びがこだました。
「なんで⁉ クライフお兄ちゃんは⁉ 他の人はなんで⁉」
なまじ昔の、皇都を出る前の俺達しか知らないからか、その動揺のしかたは予想より大したものだった。
「全員納得した上で、に決まってるだろ? もういい歳した大人なんだからな」
「でも‼ ゼネスお兄ちゃん一番強かったのに⁉」
どうやら引退そのものより、俺一人が引退というのが引っ掛かっているようだ。
「怪我⁉ 腰とか膝とか関節やっちゃったの⁉ それとも筋肉の方⁉ 再生魔法とか使える人皇都にいたかな⁉ いやでも、お金が・・・⁉ お兄ちゃんお金ある⁉」
「落ち着け。見ての通り・・・大怪我なんざしてねぇよ」
両手を軽く上げてアピールする。
「だったら⁉」
「単純に一番じゃなくなっただけだ」
その真実にミリーは悲しい顔をする。
「追い抜かれて・・・追いつけなくなっただけだ」
一層悲しい顔をして、
「・・・・・・分かりました」
そう言って引退の手続きを済ませていく。
しばらく事務的なやり取りを続け書類を書き込んでいく。
そうしてついに、
「これで引退の手続きは完了しました。お疲れ様でした」
冒険者を引退する時が来た。
「長かったような、短かったような・・・」
呟きながら、手続きを終えて返ってきたギルドカードを見る。
ギルドカードは引退した後も身分証明に使えるし、機能が消えることもない。望めばステータスの更新も格安で出来るらしいが、それは需要がないので使われることはほとんどないらしい。
今まではA級と書かれいていた所には”元”の文字と名前の後ろに今日の日付が記されている。最終活動記録といったところか。
「これから・・・・・・どうするの?」
手元を見たままのミリー。
「実家にでも帰るさ」
「実家⁉ もう会えないの⁉」
ガバッ! っと上げた顔は涙をこらえていた。
「そう言われてもな・・・」
正直、実家に帰ってどうするというのもなければ、帰ったからどうなるというのも分からないのが現状だ。貴族であるから何かしら家の手伝いはやらされるだろうが、自領になるか皇都になるかも領主たるお父上の御一存といったところだ。
と・・・そこへ、
「うちの受付泣かせるたぁ、ふてぇ野郎じゃねぇか‼」
熊みたいな体躯のおっさんが奥から出てきた。
「ますたぁああ・・・お兄ちゃんがひどいんです・・・」
件の受付嬢が熊もどきにしなだれかかる。
「おう、お前さん。いったいどぉしてくれんだぁ?」
くさい大根芝居も気になるが、
「マスターって・・・今はギルドマスターなんかやってるんですか?」
昔から大して変わらない見た目のおっさんに尋ねる。
「おおよ! 本部直属だぞ! すげぇだろ‼」
「マスター! ちゃんと合わせてくださいよ!」
嬉しそうに答えたところをくっついていた娘にどやされるおっさん熊。なんというか・・・楽しそうだな?
「ま、ピンピンしてるようで。なによりですよ」
「そっちこそ! 変わりはねぇ見てぇだな? んで? 何の話をしてたんだ?」
「それです‼ マスター! ゼネスお兄ちゃんが引退しちゃったんです‼」
「なに⁉ 引退だと⁉」
よっぽど驚いたのか体がブルンッ‼ と震える。
「それで・・・今後どぉするんだ?」
「お兄ちゃん実家に帰るって・・・」
ミリーの手元にあった書類に目を落とし、
「・・・・・・なるほど、わかった。上で話そうじゃねぇか」
何に納得したのか、腰を据えて話そうと言い出したのだった。