side――ダミアン2
・・・そう思っただけだ。
私には彼女らを止めることはできない。
いいや、出て行って身分を明かせば止めさせることは出来るだろう。
けれどそれは私の日常の、掛け替えのない楽しみを失う行為だ。
私にはその勇気がない。
一時的に感謝は得られるかもしれない。
しかし、事あるごとに教会へ赴き、ただじっと見つめていることが明るみになってしまえば、そんな感謝の念など吹き飛んでしまうかもしれない。
なにより、私は婚姻に貪欲であるという事実が隠せない。
跡継ぎ問題は既に、領内にも浸透しているからだ。
年端もいかぬ子供や、とうに春の過ぎたご老公であればいざ知らず、盛りに耽る若造が声を掛けるでもなくただ見ているなどと、知れば恐れて当然だ。
であるのに、
「ねぇ⁉ ちょっとあなた‼ 聞いているの⁉⁉」
大人しくしていたリーリャが気に食わなかったのか、髪をわし掴んで迫る。
短い悲鳴と痛みに悶える表情。
普段は決して見えない表情。
「―――何をしている?」
迷いのない第一声。
他の誰かが助ける・・・・・・なんて、そうであればよかったのに。
私には勇気がない。
だから、見捨てることもできはしなかった。
「これは、ッ⁉ 身内のことなので・・・」
「身内というのなら私にも教えてくれないか? この領で起こることは全て、私にとっても身内ごとなのでね」
驚き、欺こうとする彼女らの、逃げ場を奪うように正体を明かす。
そこからは難しいことなどない。
予想通りの会話がそのまま行われ、そして彼女らは逃げるように退場する。
「あの・・・ダミアン様、ありがとう――ございます」
初めて私へと、私だけにと向けられた彼女からの言葉。その視線。
潤んだ瞳で覗き込むような上目遣いに当てられたのか。
私の心は、そこからさらわれてしまっていた。
その日は事務的な会話だけで別れ、部屋で1人。悶えるほどに熱くなった。
火が付いた。というのはこういうことを言うのだろうと得心した。
どうにもなれないが、それでも私は彼女に声を掛けるようになった。
社交界で評価は相変わらずだったが、そんなことなど、もうどうでもよくなっていた。私の全ては彼女の関心へと惹かれていたのだ。
脇目もふらず、恥も外聞も捨て、1人の男として動いた。そうするほかになかった。誰かにかすめとられようものなら、この心がどうなってしまうか、想像もできなかったからだ。
金を使い、権力を使い、けれども上手くはいかず。それも仕方なかった。彼女は修道女である。清貧を良しとするのだから相性は良くない。
言葉を交わし、気持ちを量り、時間を共にすることで彼女を知った。
両親が古くに旅だったこと、祖父母との暮らしのため修道女になったこと、教会での役割、将来の夢、今の目標、好きな場所、もの、食事。
どれも取り留めのない会話ばかりだったが、彼女と居られればそれだけで楽しく、嬉しかった。
ただやはり、私には勇気がなく。
この想いを口に出来ずにいた。
そんな折、教会では2つの事件が起きる。
1つは新しい薬の開発を成功させたこと。
もう1つは、その開発に携わっていた人間の加護Lvの低下。
そして、その人物こそが―――そう、リーリャであった。




