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動けない時

 棺桶。

 冒険者にはあまり馴染みのない代物だ。

 しくじった時には大体、収めるもんがなくなっちまってるからな。


 その手前。

「ユノ君。それに―――・・・」

「すみません枢機卿様。しばらくの間お任せしてしまって・・・」

「いいえ。唯一ともいえる肉親を亡くしたのですから。気持ちを落ち着かせる時間は必要でしょう」

「お心遣いに感謝します。こちらはゼネス様とその教え子様です」

 紹介され、お互いに軽い会釈を交わす。


 形式的なやり取りを終え、その隣を通り過ぎ、

「・・・・・・君は、私を疑わないのだね?」

 途中で声を掛けられる。


「・・・理由がない」

「彼と最後に言葉を交わしたのは私だったよ・・・」


「爺さんはなんて言ってた?」

「一度違えば、分かり合うことは出来ないのか? 誤解であっても解であるからか? それと向き合う事から逃げるなということなのか? ―――と。なにかに嘆いていたよ。その上で、明日からも忙しいだろうが力を貸して欲しいと頼まれていた。もちろん、力を貸すことには了承したのだけどね」


 その声には後悔が滲んでいる。

 それはきっと、ユノや俺と同等か。それ以上に。


 疑わないのか? と聞くということは、疑われているのだろう。

 爺さんが死んでまだ間もない。真相を知る者も居ないはずだ。

 そんな中で。前教皇であり、最後に会話もしていたとなれば、暗殺の容疑者と思われることもあって当然だと言える。


 だが、いい歳した爺が目元を腫らしながら、鼻を赤くさせていれば、演技を疑う方が不自然だ。

 歳を取ると涙腺が~・・・なんてものにも、隆盛はある。

 一時期を過ぎれば後は衰えるばかり、感情的になりやすい老人なんてのはすべからくボケていると考えていいぐらいに、老いとはそういうものなのだ。


 だから、理由がない。


 懺悔のような声を脇に、俺はあまり馴染みのない代物である棺桶に近付く。

 そんなもんの中に、よく知る顔がある。


 生気は抜け、白っぽく、どこかさらに老け込んだような顔の爺さん。

 棺桶の内側には未だ手向けの花もなく。

 手はなにかを放すかのように開かれたまま、首は空を見上げ、脚は畳まれている。服も体裁を整えているだけで着せられてはいない。胸元をなぞれば痛々しい穴に指がふれる。


 安らかな眠りとは程遠い。

 死後硬直のせいでこうなってしまったんだろう。


 つまり、爺さんは胸を貫かれた後に放置され、発見されたころには取り返しがつかなかった。

 膝をつき、座り込むように固まり、空を見上げて死んだんだ。

 その時に意識はあったのか? それさえ―――・・・・・・。


 スーっと息を吸い込んだ矢先に思い出す。

 そういえば魔力なんざ欠片も残っちゃいなかったなと。


「悪いが、魔力を借りるぞ」

「え?」

 短く断って、その場にいた全員から少々の魔力を頂く。


「此の姿は正しく非ず、彼の雄姿こそ今に在るべし」

「いくら回想魔法でも、死んでしまった人を蘇らせることは・・・‼」


 ケイトがすぐに反応するが、そんなことは俺にもわかり切ってる。

 死者蘇生なんぞをしようってぇんじゃねぇ。

 ただ・・・、


「あ―――」

 こんな姿勢で最後を迎えちゃぁ休みたくても休めねぇだろ。

 肉体を完全に蘇らせることはできなくとも、少しの機能を取り戻すくらいなら可能だ。

 足を伸ばし、手を胸に組ませ、あとは―――・・・。


 表情も。

 と思ったが、張り付けられたような無表情はいつのまにか。

 穏やかなものへと変わっていた。

 

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