部下の失態
「誰か、この状況を説明できるものは?」
後から現れたベルザフォン隊長の問いかけに答える兵士はいない。
周りを見渡して見たところで、目を背けるものばかりだ。
それを受けてベルが聞く。
「ズダーク伯爵閣下。私は皇都防衛鎮圧部隊隊長、ベルザフォン・C・ノクァッド。なにがあったかお聞かせ願えますか?」
「な、なにがもなにも・・・そこの兵士に聞けばいいだろう。私にはなんのことだかわからんのだ。少なくとも、私は罪に問われるようなことに覚えなどないし、ジェイドは被害者だ! そちらの言う企みなど知らん!」
困ったような顔を見せ、今度はよくしゃべる兵士と向き合う。
「閣下はそう申し出だ。なにがあったのか、ここでなにをしていたのか、説明してもらおうか・・・カール上等兵」
「はっ! 今回の事件は本部の調査によりズダーク伯爵家三男ジェイド・P・ズダークが起こしたものとされ、その経緯の調査と事情聞き取りの為に交渉しておりました!」
「聞き取りだと⁉ 有無を言わさず連行するつもりだったろう⁉」
「と、申しておられるが?」
「我々に協力を呼び掛けたところ、抵抗の意思を見せられましたので致し方なく捕縛、連行の形をとることにした次第であります!」
「致し方なくだと⁉ 貴様は‼ ふざけているのか⁉」
ズダーク伯爵はカールとかいう兵士の言葉に大層お怒りの御様子だ。それもそうだろう。
言っていることは嘘じゃないんだろうが、やってることは詐欺とおんなじだ。
一方的に嫌疑をかけて、反抗させて逮捕拘束。それがまかり通るってのがまた面倒だ。
「なるほど? では、カール上等兵。証拠はあるのだろうな?」
自信満々なカールにベルが踏み込む。
「本部からの情報があります!」
「私のところに令状は来ていないが?」
「緊急事態です。令状は必要ないと思われます!」
「ではなぜ、私に指示を仰がなかった?」
「事態は一刻を争います。迅速に対応した結果であります!」
その態度を確認したベルがこちらを向く。
「それで・・・そちらにいるのがジェイド・P・ズダーク卿で間違いないのだな?」
「そうであります! そしてその前にいる彼の男は貴族であるこの私を侮辱し、尚且つ手を挙げたのです! 今回の事件の共犯者と見て間違いないでしょう‼ 是非号令を!」
「とのことだが・・・なにか、申し開きなどは?」
さて、ここは勝負所だ。
前もってオチまでは決めてない。だからこそ、落としどころは重要だ。
ズダーク伯爵に冒険者ギルド寄りになってもらうためには、ギルド側の不手際にして責任を被る方が都合がいい。そのことで生じる不信感については正直に圧力の存在をチラつかせば逆にある程度の信用を得られるだろう。
だからと言って、不手際の責任を負いすぎるとおもり隊が調子に乗ることになる。それじゃぁ、こんな舞台を作った意味がない。ベルとの約束が守れないからな。
だったら・・・。
「申し開きもなにも、事件ってのはなんのことだ?」
「・・・そこからか?」
「そこからって言われてもな? こっちはさっきまで依頼で外に出てたんだ。街でなにがあったかなんて知らねぇよ」
「とぼけるな‼ その依頼とやらが事件だと言っている‼」
明らかな演技にカールが噛みつく。
「そうだ。その依頼が危険なものだったのが問題になっているんだ。皇都や周辺の町が滅ぶほどの事件だと」
「そいつはおかしな話だな? そんな大層なもんじゃなかったはずだが・・・どっからそんな話が出たんだ?」
「本部の調査を疑うつもりか‼ 皇国軍中央司令本部の言葉は皇王様の言葉だぞ‼」
確かに皇王は大元帥ではあるが・・・だからって、軍の言葉が皇王の言葉っつーのは無理が過ぎると思うがな?
「だとしたら、だ。その一大事にこんなところで、お前ら軍はいったいなにをやってたんだ?」
「それは‼ すでに片付いたと報告が・・・‼」
「それじゃ、尚更おかしいよなぁ? 軍が出張るまでもなく片付く事柄が事件だなんて・・・どんな冗談だ?」
部下の性質を知ってか、それとも俺の態度をわかってかは知らないが、ベルはすでに黙って聞いているのみだ。
「だから報告が‼」
「そう言うなら、責任者を連れて来いよ。誰が言ったかじゃねぇんだよ。誰が責任を取るか、だ」
「隊長‼ この者の態度は貴族に対して許されるものではありません! なにより、軍本部に楯突くなど論外であります! 即刻逮捕を‼」
「確かに、冒険者というものは無礼なものだと聞き及んでいるが、それが問題にならないのは我々貴族が問題にしないからだ。それとも、名のある貴族だったりするのだろうか? そうであるなら名乗ってもらおう。この非礼に対する回答と共に‼」
まぁ、名前を使ってもいいとは言ったがな。まさかそっちから振るかよ。
だが・・・問題にしないから問題にならないってのはその通りだ。
つまり、今回の件も”事件にしなければいい”んだ。
事件にしようという奴がいても、表からそれを潰して事件ではなかったとする。そのために必要ならば、使えるもんは使えばいい。
「いいだろう。我が名はゼネス・C・グラーニン。北の要塞貴族が一員だ。私の態度になにか問題でもあったか?」
明かした俺の名を聞いて驚かないものはいなかった。いや、驚いたフリの奴はいるが・・・。
カールは名前なんだろうが、家名がなんであれ辺境伯・・・もっといえば皇国軍大将北部総司令の親類縁者に文句をつけれる大物はおもり隊にはいないだろう。いたらベルが知らせてるだろうしな。
ノクァッド侯爵でさえ、外交長官という役職から我が御父上とは立場が逆転しがちなほどだからな。
この場では爵位を持つズダーク伯爵を除けば、俺とベルに口出しできるやつはいない。
「よもや、このようなところに辺境伯に連なる者はいようとは・・・まやかしではなかろうな?」
「そうだと思うなら調べればいい。ここでどうこうということでもあるまい?」
「ふん。証拠の一つでも見せればいいものを・・・まぁいいだろう。この件は確認が必要になった。引き上げるぞ!」
「しかし‼」
「真偽がどうあれ、ここで動いてなんになるというのだ? それとも、私に意見があるのか? カール上等兵」
「いえ、それは・・・」
知ってはいたが・・・この状況でも渋るあたり、ホントに持て余してるんだな。
最初からそのせいにするつもりだったから、都合はいいけどな。
「部下の躾がなっていないな? 次にまた、なにかあったならグラーニン辺境伯家の人間として、取り締まることになるが?」
「御心配には及びませんよ。グラーニン卿。街の治安を預かるものとして、ノクァッド侯爵家の人間として恥じぬように致しますので・・・」
「そうか。ではノクァッド卿とは協力できるということだな?」
「もちろんだとも。お互いになにかあった時には駆けつけるとしよう」
そう言い残して、周りの兵士を引き連れベルは返っていった。
これで、冒険者が問題を起こした場合は今までと変わらず取り締まられるだけだが、兵士が問題を起こした場合には俺が出張ることが出来るようになったわけだ。
表向きは対立しているように聞こえるが、内情は違う。約束通り、言葉通りの協力関係だ。
打合せ無しのぶっつけにしては、上出来だったんじゃないか?




